人工知能時代の「人間の仕事観」とは

今後多くの仕事において、人工知能(AI)が人間に取って代わると考えられています。しかし、単にAIを使った効率化を進めると、失業が起こるだけでなく、人間が社会に貢献している実感を失い、幸福度が下がってしまいます。AIと人間を幸せな形で共存させるために企業は何をしていくべきか、弊社代表が語ります。

人工知能の可能性は大きい

アマゾンのジェフ・ベゾスCEOは「コード・カンファレンス 2016」にて、人工知能(AI)の潜在的可能性について語りました。

アマゾンではAIの開発に1000人体制で取り組んでおり、現時点でも既に、

  • ユーザの声に耳を傾ける
  • 質問を理解し、適切な回答を音声で返す
  • 実際に商品を注文してくれる

といった知的なAIエージェントを搭載した家庭用スピーカー「エコー」の提供を米国で開始しています。

この製品は、将来的に「コンテキスト・アウェアネス」と呼ぶ能力を備える予定で、消費者が「何を」必要としているかだけでなく、「いつ、なぜ、どこで、どうやって」それを必要としているのかという水準で認知することができるようになるそうです。また、消費者が望むものだけでなく、消費者が今後必要になるであろう商品を消費者が気付くよりも前に提案できるようになるのです。

この能力により、実店舗にいる気の利いた店員の能力を凌駕することが想定されています。優れた買い物体験が「エコー」を通じて提供されることにより、将来的にはこれまで人を介して行われてきた商品販売の多くをAIが代替していくことが予想されます。

依然として、AIには消費電力の大きさなどの課題も残っていることも事実です。しかし、技術がますます進化し、生活の中に浸透して行く流れは、もはや止められないと感じている人も多いのではないでしょうか。

人間は課題認識と挑戦量で勝負

一方、これまで存在していた仕事がどんどん機械に代替され、人間の仕事量は減少し、労働から開放されるというユートピアを予想する人たちもいます。また反対に、人間が機械に支配されるデストピアを想像した映画や小説も頻繁に発表されるようになっています。

AI活用が加速することで、私は現実的に以下の問題の発生を危惧しています。

  • AIを活用する企業に富が集中し、テクノロジー活用に遅れを取った企業は衰退し失業者を生む
  • 発展していく企業の中でも、AIに代替される仕事が増え、失業者が発生する
  • 職を失った多くの人々に対して、富が分配される保証はなく、貧富の差が拡大し、社会が不安定になる
  • アダム・スミスは、人は仕事がないと健康を損なうばかりでなく精神的にも退廃すると述べており、それが正しいとすると失業者の健康状態が悪化する

アダム・スミスの他にも、アレフレッド・アドラーなど他の心理学者が「人間は社会的な動物であり、定常的に誰かの役に立っているという実感が人生を充実させ、生きる活力を与える」と述べているように、仕事がなくなる状態は人間の幸福という観点では理想的だとは言えません。

将来、一人ひとりの総仕事量は減少するかもしれませんが、仕事を通じて社会の役に立っている実感を獲得し続けるためには、個人の失業防衛策が必要になります。

そこでAIが苦手な領域に対して、人間はより資源を投下して強化していくのも一策です。

現在の人工知能は大量データを用いて最適化を行っています。何に対して最適化をするのか、つまり何の問題を解くのかという設定自体は、我々人間に課されています。課題設定には、課題発見能力や、我々の考え方、価値観が試されるため、日頃から観察眼を磨きつつ、何が必要なのかを考察する力を身に付ける努力を続けたいところです。

また、そもそも存在しないデータを作り出すことも人間ならではの活動となります。これまでとは違うやり方に挑戦をし、失敗も含めて新しいデータの獲得を目指します。

与えられた仕事を日々同じようにこなすのではなく、減点主義から脱して誰もがやったことのないやり方に挑戦する姿勢を、これまで以上に大切にしなければならなくなるでしょう。

個人、企業の働きがいの探求

さらなる失業対策として、人間が人間であるという価値を活かす領域にも活路を見いだすことができます。

我々は工場で大量生産された商品よりも、たとえ品質が同じであっても、手作りのものに価値を置くことがあります。「僕が履いている靴は手作りなんだよ」と言われると、良いものを履いているねと認識されがちです。また、米国の西海岸では、効率化のみを追求する姿勢を嫌い、チェーン店のコーヒーよりもローカル店舗のコーヒーを愛する人たちが一定数存在しています。

もし、未来がアンドロイドの闊歩する時代となり、アンドロイドが接客やサービス提供を行うようになったと仮定しましょう。その世界では、人間という存在は、より非効率で不正確でしょうが、そのこと自体に情緒や価値を見出す人たちも一定数存在することが想像されます。「人が接客してくれるコーヒー屋さんって贅沢で素晴らしいよね」といった世界観です。

こうした状況では、たとえ自分よりも上手に仕事をするAIがいるとしても、働く喜びや意義を各個人が理解し、自分の価値観に合致した仕事を見つけて働くことが、現代よりもさらに重要になります。

ただし、株主や企業経営者が従業員や地域コミュニティに配慮をせず、短期的な利益創出量の最大化、効率化のみを追求したとしたら、個々人が個別の努力をいくら積み重ねても、機械化の流れは加速し対応が難しくなります。

経営者が企業の存在理由を考察する際に、単純な利益至上主義で貫くのではなく、マルチステイクホルダー全体の効用の最大化への配慮、つまりより道徳的な思想を持てるかどうか、それが社会全体の健全性を左右していくのではないでしょうか。

企業経営者は、そもそも人にとって働きがいのある仕事とは何かを探求し、働くことへの意欲が高まる状態を作り出すことで、社会の安定に貢献していくべきです。

いつの日か、AIが技術的特異点を超え、あらゆる人類の活動を凌駕するという状態が来るとも言われていますが、これからの数十年は各個人や企業の仕事観が人の幸不幸を左右すると考えています。

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貢献志向の仕事 | TEDxTodai2013

  • 執筆者:遠藤直紀
    (代表取締役)

    横浜国立大学経営学部経営システム科学科を卒業。ソフトウェア開発会社を経て、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。2000年3月にビービットを設立し、現在は東京・台北・上海の3拠点にて顧客ロイヤルティ経営、およびユーザ中心のデジタルマーケティングを支援。共著書に「売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門」。経済同友会会員。