マーケ目的のみのCX向上は失敗する

企業がカスタマーエクスペリエンス(CX)向上に取り組むとき、売上向上やコスト削減がその目的にされることが多いのですが、実はそれだけを考えていては失敗しがちです。CX向上を実現するには、企業経営全体の仕組みや企業文化の抜本的な変革までもが必要になるため、経営者の意思決定が必要になります。CX向上にあたって考えるべきポイントについて、弊社代表が語ります。

「お客様へ親身であること」が重要

2016年現在、米国企業では、カスタマーエクスペリエンス(CX)の改善に投資をし、顧客ロイヤルティ創出に経営の力点を置くことが主流となりつつあります。ガートナーによる調査結果では、米国の大手企業において2016年の主要差別化領域にCXを選択した割合は、89%にも上っています。

日本においても、定常的な人口減少、需要総量の頭打ち、新規顧客獲得単価の高止まりを受け、既存顧客一人あたりの売上高を伸ばすためには、顧客ロイヤルティの創出、CXの向上が効果的であると多くの企業が気づき始めています。

しかし、成功の果実は簡単に手にできるわけではありません。特に、弊社のこれまでの経験からすると、CXへ投資する動機が単に「売上を伸ばしたい」といった業績面の理由にのみ根ざしている場合は成功しづらいケースが多いです。

なぜなら成功の鍵は、お客さまが「この企業は自分に親身になってくれている」と実感することにあるからです。企業姿勢は、商品性、対面接客、コールセンターでの応対、キャンペーンの言葉遣いや内容など、さまざまな活動から垣間見ることができます。例えば、ポイント還元キャンペーンだけでは「自分に親身になってくれた」とは思いづらいですが、もし購入商品と併せて使うと便利な付属品をプレゼントしてくれたらどうでしょうか。この会社は購入した製品をどういうふうに使うのかまで想いを馳せていて、自分のためによく考えてくれているなと感謝したくなるでしょう。

このような感情をお客様に抱いていただくためには、一つ一つのキャンペーンのような細かな企業活動にも顧客視点の導入が必要です。それを実現することは、これまで売上拡大と費用削減に紐づく目標指標だけを追求してきた組織にとって容易ではありません。

CX向上を成功させるためには、売上や費用以外にも考えるべき重要なポイントが2つあります。それは「情報連携をしやすい組織体制」と「企業文化の抜本的な見直し」です。

情報連携をしやすい組織体制

以前、あるケーブルテレビの会社のコールセンターに解約のために電話をしたところ、長時間待たされたうえに、「解約対応は部署が違う為、お受けできません。この番号にかけ直してください」と言われ、再度30分待たされた経験をしました。言葉遣いは丁寧でしたが、たらい回しにされる理由がわからず、提供者論理のひどい会社だと憤りを覚えました。

異なる役割の電話番号があることをウェブサイトに書いてくれていれば、同様の問題は減るはずです。しかし、サイトに適切な情報は記載されていませんでした。縦割りで情報連携が行われていなかったのか、あるいは業績視点のみが貫かれていて解約を阻止したかったのかもしれません。

このような問題が起こる真因は、組織内の各部署が縦割りになっていることです。コールセンターやウェブサイトなどそれぞれの担当部署単位では、自分たちが担当する接点での体験が良いものになるよう努力していたかもしれません。しかし、それだけでは個別最適化にすぎないのです。

組織が縦割りで部署間で適切な情報連携がなされない状況では、お客様にとっては「次にどこに行けばいいかわからない」「同じことをまた説明しなければならない」というストレスが発生しやすくなります。いわば各部署間の「つなぎ目の体験」が悪くなってしまうのです。このような課題は、個別のチャネルごとの顧客満足度を見るだけではわからないことが多く、個別最適化を進めた結果、かえって全体の顧客満足度が下がってしまった例もあるほどです。

お客様の体験全体を最適なものにするためには、横串組織の立ち上げや組織間の情報連携の仕組みなど、短期的には費用増加につながるような仕組みの整備が必要となり、長期的な視野での意思決定が求められます。

企業文化の抜本的な見直し

また、CX向上のためには企業全体の文化を見直す必要もあります。口だけで「顧客中心」と叫んでも、企業の中でもともと根付いている売上至上主義といった既存の考え方との矛盾が生じたら、変革の実効性が失われてしまうのです。

よく起こるのは、既存の評価基準との矛盾です。例えば、「顧客中心」を掲げたものの、お客さまと接する店舗スタッフの評価基準が売上指標のみだったため、社長からお客さまを大切にする方針が何度も伝えられていても、結果的にお客さまを怒らせてでも強引に売りつけるスタッフが高く評価されてしまった例もありました。

さらに、場合によっては商品開発の段階から意識を変えなければいけないこともあります。そもそも、あまり役に立たない商品やサービスが開発されてしまえば、いくら接客だけを顧客中心にしても、活動の継続は困難です。押し売りをせずに売上を維持することは難しく、かつその商品を売ることがお客さまのためにならないと接客担当者が感じたら、CX向上に対する現場の士気が続かないことは明白です。

儲けの多寡だけを考えてサービス品質向上を宣言したからといって、これまでと同じ文化や仕組みの中では、自分のことを親身に考え、大切にしてくれているという実感をお客さまに感じていただくことは難しいはずです。つまり「業績が伸び止まり、困ったのでCXを向上する」というだけの単純な意思決定では、成果が上る前に息切れして、活動が縮小してしまいます。

経営陣が自分達の会社の理想の姿はどうあるべきなのか考え抜き、単なる業績の高低だけではなく、事業の意義やお客さまへの提供価値にまで思いを馳せ、企業文化や各組織の評価指標の見直しまでをも実行する決意をすることで、初めてCX向上は実現可能となります。

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  • 執筆者:遠藤直紀
    (代表取締役)

    横浜国立大学経営学部経営システム科学科を卒業。ソフトウェア開発会社を経て、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。2000年3月にビービットを設立し、現在は東京・台北・上海の3拠点にて顧客ロイヤルティ経営、およびユーザ中心のデジタルマーケティングを支援。共著書に「売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門」。経済同友会会員。