チャットは生活を「ほんの少しだけ」変える

最近、FacebookがMessengerでのビジネスボット提供を開始するなど、チャットがメインのサービス体験に活用できないか期待されるようになった。中にはAIを活用したボットを提供しているサービスもあり、チャットは一躍デジタルテクノロジーの最前線に立たされている。実際のところ、チャットにはどのような価値があり、世の中はどう変わるのだろうか。

最近、チャットをモバイル上で積極的に活用しようとするサービスが増えている。これまでチャットは、SNSでの友達とのコミュニケーションや、企業のカスタマーサポートに使われる程度だった。しかし今では、サービスの主要導線においてチャットに大きな役割を持たせようとしているものが多く見られるようになった。チャットは大きなトレンドとなりつつあり、「メッセージアプリがこれまでのアプリストアに代わる新たなサービスプラットフォームになる」という言説まで見られるようになっている。

しかし、チャットも一つのチャネルにすぎない。単にチャットを導入するだけではなく、ユーザの利用状況を深く理解したうえで、それにチャットという形が合っている場合のみ、初めて効果を発揮するだろう。今回は、チャットというチャネルがユーザにどのように受け止められ、どのような価値を持つのか考えてみる。なお、ここではチャットが人力かボット(全自動)かは問わない。

チャット型サービスの流行

まず、チャット型サービスがどのように注目を集めてきたのかを簡単に整理する。

チャット活用の先駆けは、中国のWeChatである。もともとはメッセージやSNSの機能を提供していたが、現在はアクティブユーザが約7億人規模(*1)のインフラに成長し、送金・タクシーの手配・Eコマース・さらには物件の選定や自販機での飲み物の購入など、幅広いサービスをチャットで利用するのが当たり前になりつつある。

このようなチャットの活用は、もともと中国独自のものだった。しかし、2015年以降にかけて中国以外でも議論が活発になっている。若年層を中心に規模を拡大していたチャットアプリ「kik」は、WeChatと提携し、全自動のチャット(ボット)の活用に力を入れていくことを表明している。また、FacebookはMessenger上でボットを活用するプラットフォームを発表し、既に数社が天気予報やニュース配信などを始めている。このSNS大手2社がチャットへの注力を表明し、プラットフォームとなることを狙い始めたことで、チャットへの注目度が大きく高まった。

図1:Messenger(左)とKik(右)

さらにSNS以外のアプリでも、チャットが活用され始めている。アメリカのニュースメディア「Quartz」は、アプリをチャットの形式にして話題を呼んだ。日本でも、チャット形式で条件に合うレストランがあるか他のユーザに質問できる「ペコッター」や、エージェントとチャットしながら求人を探せる「ジョブクル」など、チャットを主要な機能として取り入れたアプリがいくつか登場している。特にペコッターは、ユーザ数が2万人を超える成功を収めている。(*2)

このように、サービスへのチャット活用は注目度を増していき、既に成功例も出始めている。では、チャットは今後どのように活用されていくだろうか。ユーザにとってのチャットの意味から考えてみよう。

(*1) TENCENT ANNOUNCES 2015 FOURTH QUARTER AND ANNUAL RESULTS
(*2)グルメQ&Aアプリ「ペコッター」を運営する株式会社ブライトテーブルが、ベンチャーユナイテッドを引受先とする第三者割当増資を実施

チャットを利用するときの文脈

チャットを使うときのユーザの心理状態は、基本的には「SNSでの友達との会話の延長と捉えるべきである。これまでスマホでチャットに接する文脈は、もっぱらLINEやFacebook MessengerなどのSNSだった。まして、Messengerなど既存のSNS上でチャットサービスを展開するとなると、友達のアカウントに混じって企業アカウントが並ぶことになる。その状態でチャットを繰り返し使ってもらうためには、過剰な礼儀は出さず、友達同士のような気軽さを演出しなければならないだろう。

また、これまでのカスタマーサポートとは異なり、ユーザのマインドシェアも小さくなると考えられる。チャットでメッセージをやりとりするときを思い浮かべるとわかりやすいが、常に画面に貼りついて集中しているわけではない。電車での移動中や、勉強中・カフェでの休憩中など、他のことをしている合間にメッセージをやり取りすることが多い。投稿を行うときも、内容も改まったものではなく、短くてくだけた文章が中心になると考えられる。

チャットというチャネルの価値

は、チャットというチャネルが持つ価値は何だろうか?最近ではチャットをAIと紐付けて語る論調が多いが、それは本質的な価値ではない。AIは単にユーザとのコミュニケーションをより柔軟にするための手段にすぎず、それによってもたらされる価値は別にある。

チャットの本質は、「ユーザに考えさせることなしにサービスを提供できる」ことにある。既存のメッセージアプリやSNSなどとほぼ同じUIで、友達に話しかける感覚で企業のサービスを受けることができる。サービスの使い方に悩んだり、その場でよく考えて改まった口調で注文を伝えたりする必要はない。自分に都合の良いタイミングで気軽に話しかければ、それだけで目的のタスクが終わり、ほしい情報も手に入る。

実際、注目されているチャットサービスにも、これらの提供価値をさらに高めようとする工夫が見られる。チャット形式のニュースアプリQuartzは、ニュースを大ざっぱなまとめから詳しい情報へといくつかの投稿に分けて分量を減らし、ユーザが好きなタイミングで次のニュースに移れるようにしている。また、投稿にGIF画像や絵文字を織り交ぜ、堅苦しくなく気軽に読める雰囲気を演出している。

図2:チャットによるニュースメディア「Quartz

逆に、ユーザがじっくり比較検討しなければ決められないようなサービスや、提供される情報量が多すぎるサービス、購買までのフローが複雑すぎるサービスなどは、チャットUIとの親和性が低いと考えてよい。例えばECサービスや保険などは、チャット上のみで検討を完結させることは難しいだろう。

チャットの未来

既に述べたとおり、チャットは一長一短のあるチャネルの一つにすぎない。アプリや他の既存チャネルの方が効果の高いサービスも多く存在するだろう。チャット自体がビジネス構造や日常生活を大きく変えるまでのものになるとは考えにくい。

その代わり、チャットは別の役割を果たしていくと考えられる。チャットに力を入れているKikのCEOは、自身のMediumで未来のチャットサービスの例を挙げている。(*3)それは、「スポーツ観戦のためにスタジアムに来て席に着いたが、うっかりビールを買い忘れていたというときに、電光掲示板に表示されたKikのコードを使ってチャットでビールを注文できる」というものである。試合開始が迫っているので、この程度の用事のためにわざわざ席を立ったり、アプリをインストールするのは面倒くさい。しかしチャットであれば、SNSの専用ページにアクセスし、銘柄と本数を入力するだけで、すぐビールが飲める。

図3:チャットで座席にビールが届く

世間で語られているよりもずいぶんスケールが小さいと思った方もいるだろう。しかし、ここにチャットの意義がある。ビールをどう調達しようか気になり試合に集中できないというようなトラブルは、今までストレスとすら思われてこなかった小さな摩擦(フリクション)だった。まともに取り合うのは恥ずかしいことであり、我慢するのが当然のことだった。しかしチャットがあれば、それは「デジタルの力で対応できるニーズ」に変わる。今まで我慢していたような小さなストレスを最小限の労力で解消できるようになることで、小さいが新しいニーズが掘り起こされるのである。チャットの提供価値である「考えさせることなく気軽にサービスを受けられる」ことをふまえると、チャットは社会を大きく変えるというよりは、日常生活を少しだけ便利にするための手段として定着していく可能性が大きいだろう。

これは、チャットが大したことのない存在だという意味ではない。小さなニーズが捉え直されることは、テクノロジーが発展し、デジタルが新しい形で日常に浸透していくことの象徴である。スマホの場合を考えてみても、場所と時間を選ばずにインターネットにアクセスできるようになったからこそ、わずかなスキマ時間の中で、友達とやり取りしたり調べ物や買い物を済ませたりするニーズが生まれた。これと同じように、チャットはスマホが掘り起こしたよりもさらに瞬間的なニーズを顕在化させていくことだろう。チャットが生活に及ぼす影響は小粒かもしれないが、それでもユーザの生活をより良いものにする可能性に満ちているといえる。

(*3)The Future of Chat Isn't AI -- Medium

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  • 執筆者:宮坂佑
    (エグゼクティブマネージャ/エバンジェリスト)

    一橋大学法学部を卒業後、ビービット入社。金融、電機メーカー、メディア等の大手企業・ネット先進企業のウェブサイト改善・再構築に関するコンサルティングプロジェクトを多数手がけ、クライアントの成果向上に貢献。累計1000人超のユーザ行動観察調査の経験をもとに、近年は講演や執筆活動も実施。

  • 執筆者:大谷直也
    (コンサルタント)

    東京大学経済学部を卒業後、ビービット入社。人材、メディア、金融機関等のウェブサイト・デジタルサービス改善プロジェクトに携わった後、現在はテクノロジーとユーザ中心設計に関する調査・研究活動に従事。