あなたの会社の利益は良い利益?悪い利益?持続的成長を目指す新指標「NPS®」とは

NPS®(Net Promoter Score:推奨者の正味比率)という指標が、顧客ロイヤリティを測る指標として最近注目を浴びている。本稿ではNPS®の調査・分析手法を紹介するとともに、その普及の背景から企業が取るべき「顧客志向」のあるべき姿を考える。

顧客ロイヤリティを測る指標「NPS®」とは

NPS®(Net Promoter Score:推奨者の正味比率)という指標をご存知だろうか?すでに米国の売上上位企業500社(フォーチュン500)のうち35%の企業がなんらかの形で採用しており、5%の企業では経営の根幹として取り入れているという。

NPS®は「顧客ロイヤルティを測る指標」、すなわち、お客様が企業に対してどのくらい信頼や愛着を感じているかを測定する指標である。

その測定方法は非常にシンプルである。「この企業(あるいは、この製品、サービス、ブランド)を友人や同僚に勧める可能性はどのくらいありますか?0~10点で評価してください」という「究極の質問」を顧客に行い、10~9点をつけた顧客を「推奨者」、8~7点を「中立者」、6点以下を「批判者」(6~0)と分類する。推奨者の割合(%)から批判者の割合(%)を引いた割合 がその企業のNPS®となる。

さらに、「なぜ、その点数をつけたか?」という質問に自由回答で答えてもらい、ロイヤリティ改善につなげるのが基本である。

従来の満足度調査との違い

「友人や同僚に勧める可能性はどのくらいありますか?」という質問は、従来の顧客満足度調査に比べ、顧客が製品・サービスに感じている本当の価値をあぶり出すことができると考えられる。

なぜなら、推奨度を聞くことは満足度を聞くよりも回答者にとってストレスが高いと考えられるからである。例えば、満足度調査では特に不満がなければ「満足している」と答えることもあるだろう。しかし「勧めますか?」への回答には、友人や同僚に対する責任が発生する。

つまり、回答者にとっては推奨度調査の方が質問として重たい。実際、満足度を0から10の数値で聞いて「10」をつけた人に推奨度を聞くと、「8」になるということがあるという。

また、業績との相関の高さもNPS®の特徴である。NPS®の高低と企業業績との関係については多くの研究があり、NPS®が高まる、すなわち推奨者が増えて批判者が減ることで、以下の4つの観点から企業業績にポジティブな影響があると報告されている。

1. Repurchase(再購入)

初回の購入にとどまらず再度購入してくれる、あるいは購入してくれる頻度が高まる。

2. Buy additional lines(一度に買う量が増えること)

例えば、オプション製品の購入やアップセルにつながりやすい。

3.Refer others(クチコミ)

推奨者が「いいよ」と勧めれば買う気になり、批判者が「よくない」というと買う気がなくなる。近年、ソーシャルメディアの台頭によって、より重視されるようになってきている。

4. Provide constructive feedback(高い価値を感じている、推奨者からの建設的なフィードバック)

プロダクト開発やサービス改善にも応用できる。また、働いている人たちのモチベーション向上にもつながり、組織全体をパワーアップさせる。

ただし、推奨度とその理由を聞くという調査方法は、対象件数1,000件ぐらいで行う場合は良いが、1万件や10万件といった規模になると理由の分析に工数がかかり過ぎ、実務上は不可能になる。

その際には、「何がNPS®を押し上げる要因(Driving factor)となっているのか」という仮説を立て、推奨理由に対する質問項目(または選択肢)として掲示するという手法がとられる。 NPS®を押し上げる要因の例としては、レストランであれば価格や料理が出てくるまでの時間などが考えられるであろう。

集計後にどの項目がNPS®との相関が高いかを分析することで、推奨理由を明らかにすることができる。

NPS®を収益改善につなげるには

NPS®を用いた基本的な分析手法の一つに、NPS®と収益性を軸に取って顧客を分類し、それぞれに対して打ち手を考えるという方法がある。例えば、下図のような6象限に分けるモデルなどが提案されている。

左上に位置する「抑留者」は収益性は高くてもNPS®が低く、不満を感じ、鎖につながれながらも利用している顧客である。例えば、ある携帯電話が1社からしか出ていないため、仕方なく使っているというユーザは「抑留者」にあたる。抑留者に対して過度に営業的なアプローチを取ると怒らせてしまう可能性があり、先手を打って不満を解消する必要がある。

また、「エンジェル候補者」にはその名のとおり「エンジェル(熱烈な愛好者)」となってもらうために、どのようにロイヤルティを高めるのかを考えなくてはならない。

このように収益性と合わせて分析することで、企業業績と連動する形で顧客ロイヤリティの改善を検討することができる。

NPS®は顧客ロイヤリティ改善の指標として有用性が指摘されているが、必ずしも企業のマーケティング部門のみが責任を持つ指標ではない。なぜなら、顧客が何に感動するか、もしくは不満を持つかは企業側では制御できず、NPS®を押し下げる要因がマーケティング部門の管轄外ということも起こりえるからである。 例えば、製品そのものではなくコールセンターがNPS®を押し下げる要因だったりするケースがあるだろう。このようなケースでは組織を横断した対応が必要となり、経営者が判断すべき事項となる。

もちろんNPS®を一部の組織・部署に限定して局所的に利用することも可能である。しかし、NPS®を押し上げる要素として、優先順位の低いものを一生懸命改善しても高い効果は見込めない。企業全体の資源配分に関わることができ、意思決定ができる経営レベルの方が判断するのが好ましい。

ライトカスタマー(正しい顧客)を見極める

NPS®を考案したフレッド・ライクヘルド氏は、「Good Profit, Bad Profit(良き利益、悪しき利益)」という表現をよく使う。利益というお金だけを見ると色がない。しかし、料金を支払った顧客が怒っていることがあり、そこから生まれる利益はBad Profit(悪しき利益)だとライクヘルド氏は言う。

NPS®を分析していくことで、自分たちの利益が本当にGood Profit(良き利益)だけで構成されているのかが見えてくる。例えば、最優良顧客に一番高く売り、小額しか使わない人たちに大幅な割引が提供されているケースがある。一生涯お付き合いただける顧客に一番高い値段で売っていて良いのだろうか?

ここでキーワードとなるのが「顧客の定義」である。

現代の成熟した市場環境において、全員のニーズを満たすことは難しい。ロイヤルティによって長期の関係性を築いていくにあたっては、ライトカスタマー、正しいお客様はだれなのかを見極めることが重要となるのである。

次のような例を考えてみよう。某会計ソフトはとてもよくできていて、中小企業の会計業務をこの上なく効率化してくれる。一方で、大企業での利用は少ない。この場合、中小企業をライトカスタマーととらえ、ロイヤルティを高めていくのが妥当である。この会計ソフトで、中小企業と大企業の両方に推奨者になってもらうのは難しいだろう。

このように考えていくと、NPS®と利益の関係性をひもとくことが、正しい経営を行う上での一つのヒントになるのではないだろうか。実際、世界的にNPS®の導入が進んできているのは、健全かつ持続的な成長を前提として、適切な利益を確保しようという企業の姿勢がベースにあるように思われる。

笑顔によって利益が得られる状態が最高

NPS®が有効とされるのは、成熟社会においてだと言われている。新興国においてはロイヤリティ(信頼や愛着)よりも、商品が店頭に存在し、手に入る価格帯であること自体が重要であったりする。

社会が成熟して多様化が進み、商品がただ存在するだけでは感動を与えられなくなった時に顧客ロイヤルティの管理が重要になってくる。にもかかわらず、先進国においても顧客への貢献は優先順位は低いと感じることが多い。

米国の上場企業の9割はその経営理念に「お客様への貢献」「社会の貢献」を謳ってはいるが、実際にお客様を向いて改善活動を実践している会社は1割あるかないかだと言われている。つまり、理念と実際の企業活動との間には80%ものギャップがあるのである。顧客への貢献を志向した方が良いと分かっていても、貢献志向で企業が経営されていないのが実情である。

このような状況から抜け出すヒントがNPS®提唱者、フレッド・ライクヘルド氏の著書『顧客ロイヤルティマネジメント』の以下の記述にあるのではないかと筆者は考えている。

「笑顔、つまり誰かが喜んだことによって利益が得られる状態が最高である。」

筆者は日頃、「企業はなんのために経営されているのか」を考えている。企業は個人によって構成されており、一人ひとりはおそらく「幸せな人生を送りたい」と考えているだろう。その人生において、勤務先企業との関わりは仕事をするという形で一番長く時間を使う。だとすれば、仕事自体も幸せを形づくらないといけないのではないか。

それでは、仕事における幸福感は何によってもたらされるのか?

認められること、報酬が高いことはもちろん大切だが、本当の意味での貢献感がない限り、幸せは満たされない。だとすれば、お金を払ってくれるお客様から「ありがとう」と言っていただけるよう、顧客に対する価値提供にフォーカスすることが重要である。そして、このような考え方こそが「顧客志向」と呼ぶべきものではないだろうか。本稿が、当たり前のように語られる「顧客志向」を改めて考えるきっかけになれば幸いである。

参考文献:

※1顧客ロイヤリティを知る「究極の質問」、フレッド・ライクヘルド(著)、堀新太郎、鈴木泰雄(訳)、ランダムハウス講談社、2006。
※2ネット・プロモーター経営、フレッド・ライクヘルド、ロブ・マーキー(著)、森光威文、大越一樹、渡部典子(訳)、プレジデント社、2013。
※3ロイヤルティリーダーに学ぶソーシャルメディア戦略、高見俊介(著)、ファーストプレス、2011年。

※本稿は、Web担当者Forumにて『その顧客満足度調査はホントに役に立っているのか? 真の顧客志向を目指す「NPS」という指標』(筆者:河田顕治氏)と題した記事を編集しています。

※NPS®は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です

  • 執筆者:遠藤 直紀
    株式会社ビービット 代表取締役

    アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て2000年にビービットを設立。コンサルティングや広告効果測定ツール「WebAntenna」を通じてユーザ中心アプローチによるデジタルマーケティングを推進し、企業の利益に貢献している。講演・寄稿多数。著書に「ユーザ中心ウェブサイト戦略」。横浜国立大学経営学部卒。