ロイヤルティ指標を決め、ジャーニーマップを描く【顧客ロイヤルティコラム:第8回】

「測れないものは管理できない」とは経営学者のピーター・ドラッカー氏やソフトウェア工学者のトム・デマルコ氏が繰り返し唱えてきた言葉である。ロイヤルティという顧客の主観的な感情を扱うのであれば、その感情の高低を可視化できる指標を見出し、それを追い続けることが活動の第一歩となる。

前回のコラムでは、全社として顧客ロイヤルティを向上させていくためのアプローチである「カスタマーエクスペリエンスマネジメント」という考え方と、その導入のための6ステップを紹介した。

今回はそのステップ1と2について詳細を取り上げる。

※各ステップのコラムはこちら
ステップ1・2(今回) │ ステップ3(前半)ステップ3(後半)ステップ4 ステップ5 ステップ6

【ステップ1】ロイヤルティの経済的効果を証明する ...ロイヤルティ指標設定

ロイヤルティ指標が満たすべき3つの要件

ロイヤルティ向上を目指して、カスタマーエクスペリエンスを改善しても、その結果が測定できなければ、改善活動の良し悪しを判断することができない。また、カスタマーエクスペリエンス向上活動の結果、ロイヤルティが上がり、顧客から喜びの声が届いていたとしても、それが後の収益に結びつかないとしたら、いずれ活動は停滞してしまう。

そのため、ロイヤルティ向上の最初のステップは、顧客のロイヤルティを定量化し、それを企業の収益と紐付けるための「ロイヤルティ指標」を設定する作業となる。

ロイヤルティ指標は、以下の3点を満たしている必要がある。

  • 顧客が「その商品・サービス・企業が好きで、購入(使用)し続けたり、人に薦めたりしたいと思うこと」が把握できる
  • 上記のような顧客の感情を自然と反映する質問文からなり、顧客にとって回答しやすい
  • 収益と連動する(逆相関しない)

代表的な顧客ロイヤルティ指標には以下のようなものがある。

表中の「相対評価(競合比較)」という項目は、顧客がその質問に回答する際に競合との比較を行った上で回答するか否かを示している。

例えば「満足していますか?」という問いでは、「満足はしているが、他社の方がもっと良い」という場合でも「満足」という回答になってしまい、競合に負けていることを把握することができない。

一方、例えば「親しい友人や家族にお薦めしますか?」という質問では、たとえ満足していたとしても他にもっと良い選択肢があれば推奨意向は低くなるため、市場における自社の立ち位置をより精緻に把握することができるのである。

また、「回答本気度」という項目は、顧客の回答と実際の行動が一致するか否かを示している。

一般に、将来の事柄に関する意見を尋ねる質問は、過去や現在の行動の有無を尋ねる質問に比べて信ぴょう性が乏しい。アンケート回答時点では「また買いたい」と思っていたとしても、実際に次回の購入を行うタイミングでは、現時点では予想していない新たな選択肢が登場したり、自らのニーズが変わったりしているかもしれない。

このように未来の行動は状況に応じて柔軟に変化するため、質問文としては、より変化しにくいもの、例えば「(人に薦められるほど)好きですか?」といった強い感情レベルを尋ねた方が、うつろいにくく、安定性があると言われる。

相対評価を含み、顧客の実際の行動を反映する指標は、結果的に収益との相関も高くなることが多い。

自社に適したロイヤルティ指標を選ぶ

顧客のロイヤルティを正しく把握する上で適切な指標や質問文は、各社の業態、商品・サービスの特色によって異なる。

そのため、自社に適したロイヤルティ指標を決定するためには、上記の表中から候補となりそうな指標をいくつか選び、実際に顧客にアンケートで聞いてみて回答を集めると良い。

ロイヤルティ指標をビジネスの中で活用していくにあたって重要なのは、それが収益と相関することである。複数のロイヤルティ指標の候補が考えられる場合は、それぞれのロイヤルティ指標候補と収益指標の連動性を分析し、収益との相関が最も強い指標を選ぶと良いだろう。

ただし、調査をしてみると、ロイヤルティ指標と収益が「無相関」となるケースがある。これは主に下記の2つの理由が考えられる。

  • 1. 悪い売上、つまり、顧客は不満がありながらも多くの支払いをしている
  • 2. 大満足の顧客はいるが、その顧客の収益性がとても低い(例えば、顧客となって間もない時期=それほど企業に収益をもたらしていない時期は喜んでいるが、徐々に不満を感じるようになるケース)

(1)の場合は、ロイヤルティ経営を標榜するしないに関わらず、ビジネスとして健全な状態ではないため、まずは顧客を縛り付けるような悪い売上の減少・撤廃を計画し、その効果検証としてもう一度同じような調査をしてみることをお薦めする。もしくは、単なる収益指標だけでなく、サポートコストや良い口コミ、悪い口コミを言う頻度なども調べて、それぞれを金額換算してトータルの収益性をはじき出すことでロイヤルティが低いと収益にマイナス、ロイヤルティが高いとプラスの影響があるという相関関係が描けるようになる。

(2)の場合は、過去の収益結果と現時点のロイヤルティスコアの関係を見ている状態の時によく起こるため、現時点でロイヤルティが高いと回答した顧客が、今後本当に継続購入したのかどうかを後追いで調べて、相関度合いを調べてみると良い。ロイヤルティ指標の根底にあるのは、「好きだと→沢山買う、人にも薦める」というシンプルな法則であり、時間はかかるがロイヤルティ指標を決める調査の上でもこの流れに則って調べてみるのがベストである。

なお、ロイヤルティ指標としてよく使われるのは上記表中にもある「推奨意向」、すなわちNPS(Net Promoter Score)(注1)である。これからロイヤルティ指標の導入を考えている企業は、NPSを候補の一つとして指標の検討を進めると良いだろう。

※NPSの詳細はこちら→「あなたの会社の利益は良い利益?悪い利益? 持続的成長を目指す新指標「NPS」とは」
ただ、業態によってはNPSがそのまま適応できないケースもある。例えば、BtoBサービスにおいては「人に薦めると自社の優位性が失われる」という懸念から、ロイヤルティを正しく反映しない可能性がある。その場合は、「(同じ課題を抱える)同僚にお薦めしますか?」のように質問文を変えるなどの工夫を行う必要がある。

【ステップ2】ロイヤルティに影響する要素を知る ...カスタマージャーニーマップ定義

アンケート調査は事前の仮説がカギ

顧客ロイヤルティ指標を定義すると、すぐにその指標を使って今度は本格的な顧客アンケートを行ってデータをあれこれ収集したくなるかもしれない。しかし、それはお薦めできない。

アンケート調査は多くの顧客からのフィードバックを一度にまとめて得る手法のため、顧客の回答を見ながら臨機応変に設問内容を変えていくことはできない。事前にしっかりと仮説を立て、その仮説を検証するためのアンケート項目を設計することで、「調査を実施してみたものの新しい発見や打ち手につながるインプットが得られなかった」という事態を防ぐことができる。

ジャーニーマップでカスタマーエクスペリエンスの全体像を整理する

カスタマーエクスペリエンスの全体像を整理するには、「カスタマージャーニーマップ」が役に立つ。カスタマージャーニーマップとは、顧客が商品・サービスを購入・利用する際に、その企業との各タッチポイント(接触点)で発生するやりとりや、顧客の期待・感情・行動を、一連の「旅(ジャーニー)」として書き出したものである。

企業が顧客とのやりとりを考える際には、「製品」「店舗」「コールセンター」といった接点・部署単位で考えがちだが、顧客の視点から体験を整理することで「パンフレット」「ウェブサイト」などのそれまで意識していなかった接点が見えたり、接点と接点でのつなぎで生じている齟齬を発見したりすることができる。

※カスタマージャーニーマップ作成のコツはこちら→「失敗しないカスタマージャーニーマップ作成」

※カスタマージャーニーマップ作成のコツはこちら→「失敗しないカスタマージャーニーマップ作成」 カスタマージャーニーを「妄想ジャーニー」に終わらせないために

とはいえ、実際にカスタマージャーニーマップを描こうとすると、これまで知っていることを羅列するだけで終わってしまう、あるいは実際の顧客の行動フローとは異なる「妄想ジャーニー」になってしまうことも多い。

その場合は下記の2つの観点からジャーニーマップを考えてみると、顧客に感情移入し、新しい発見を得やすくなる。

  • 顧客を怒らせる方法は何か
  • 最高のファンになってもらう方法は何か

「顧客を怒らせる方法」については、過去にコールセンターに入ったクレームや顧客からの投書を参考にしたり、あるいは自分が過去に類似サービスで不満を感じた経験を思い出したりすることによって、思わぬところで発生している課題や、個々の接点で徐々に蓄積されていく不満に気づくことができる。

また、「最高のファンになってもらう方法」については、自社を心から信頼し、家族や友人に紹介し、より長く、より多く購入してくれている顧客について考えてみる。彼らは、どうしてそのようなファンになってくれたのだろうか。彼らのジャーニーマップと通常のジャーニーマップを比較することで、ファンを生み出すためのヒントを見つけることができる。

カスタマージャーニーマップの作成によって、顧客とのやり取りの全体像が見えたら、ステップ1で設定したロイヤルティ指標を用いて、各接点について顧客からの評価を得る準備が整ったといえる。

次回のコラムでは、【ステップ2】で明らかにしたカスタマージャーニーに沿って、実際に顧客からのフィードバックを得るための方法について述べる。

●カスタマーエクスペリエンスマネジメントに関する書籍のご紹介

『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』

本コラムで紹介した内容以外にも、各ステップを進めていく上での注意点や事例をより詳しく紹介している他、ロイヤルティ向上活動を全社に展開し、活動を維持していく方法についても触れています。

注1)NPSは、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。

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  • 執筆者:遠藤直紀
    株式会社ビービット 代表取締役

    アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て2000年にビービットを設立。現在は、東京・台北・上海の3拠点にて顧客ロイヤルティ経営、およびユーザ中心のデジタルマーケティングを支援。共著書に『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』『ユーザ中心ウェブサイト戦略』。TED×Todai 2013にて「貢献志向の仕事」講演。ほか、講演・寄稿多数。横浜国立大学経営学部卒。