Date : 2018

09

06Thu.

中国シェアサイクルに見る、コト型ビジネス競争 – 世界の流れとXD 第1章(2/4)

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中国シェアサイクルに見る、コト型ビジネス競争 – 世界の流れとXD 第1章(2/4)

シリーズ: 世界の流れとエクスペリエンスデザイン – デジタルオーバーラッピング、OMO、バリュージャーニー カタカナまみれの世界観 – このシリーズは、ビービットが拠点を持つ中国をはじめ、世界から集めたトレンドをまとめた結果出てきた「ビービット独自の視点と切り口」を、今の日本のビジネスを背負って立つ皆様にお伝えするものです。 >> 目次・バックナンバーはこちら

第1章 生活編:デジタルオーバーラッピング
1-2 デジタルによるゲームルールチェンジ

  • 「モノからコトへ」とデジタルは相性がいい
  • シェアサイクルに見る、体験磨きこみ競争

前回、中国に起きていることの本質は、便利なモバイルペイメントやシェアサイクルという単一事例ではなく、あらゆる行動がオンラインデータ化して個人IDに紐づいていることだ、というお話をしました。今回は、これによって起きているゲームルールの変化についてお話しします。

「モノからコトへ」と「デジタル」は相性がいい

「モノからコトへ」という、手垢のついた言葉があります。コトの話をするとき、大きく2種類の話があります。

1つ目は、「コトの企画」という、特に日本が得意とするようなストーリーの提供です。この商品はどんなコンセプトで作られているのか、どんなストーリーを込めてこの商品を売ったり、イベントを作っていくのか。

例えばあの有名な「くまもん」は「くまもとサプライズ」という名の企画で、「外の人に熊本の魅力(名産品や名所)を伝えるのではなく、中にいる熊本人が、熊本のいいところを再発見する」というコンセプトで作られています(意外と知られていないかもしれませんが、くまもんは「驚いた顔」をしています!)。この視点から熊本の良さをアピールすることを前提に、くまもんというキャラクターを著作権フリーで自由に使ってよい、というルールを提示しています。

くまもんは、中国でも熊本熊の名前で知られるほど世界中で有名な最上級のコトの企画です。小さな物語を紡ぐ想像力が豊かで、かつ源になる文化も豊富、さらに職人気質でこだわりの強い日本は、世界的に見てもこういったコト企画が得意だと言えそうです。

一方、2つ目はあまり日本でうまく活用されていない、「コトのマネジメント」です。

モノ時代は有名人を使ってマス広告を打って印象に残し、商品を買ってもらい、誰が買ったかどうかも分からないが売上は残る、というモデルでした。インターネットの時代になると、誰が何を買ったか、加えてその人の属性データなどが分かるようになり、ターゲティングの精度や効果検証が容易になりました。活用できるデータをきちんと利用することで、何が起きているのかを明確化し、正しい打ち手を打つ人たちが勝てるようになりました。映画のマネーボールが分かりやすい例です。

さらに、デジタルオーバーラッピング時代では、上記のようなペイメントを含むモバイル、IoT、その他センシング技術によって、顧客接点が尋常じゃなく膨れ上がります。いわゆるビッグデータと言われているものです。
高頻度な接点のデータがある、つまりタッチポイントが多くなると、「コトのマネジメント」が容易になり、その品質を密にチェックして、さらにはタッチポイントの品質改善サイクルを回すことが可能になります。ユーザが頻度高く使ってくれていたり、イベントに参加してくれていたり、人にお勧めしてくれていることが分かれば、その人のロイヤルティが高く、提示した「コト」を楽しんでくれていることが分かりますし、それが分かれば全く楽しめていない人たちとの差も見ることができます。

こういったこと全体を指して「コトのマネジメント」と言っています。ちなみに、コトのマネジメントをビービットでは「エクスペリエンスマネジメント」と呼んでいるので、この記事でもこれ以降、エクスペリエンスマネジメントという言葉を使います。
「モノからコトへ」という言葉は、今まで一つ目の「コトの企画」の意味でしか使われていませんでしたが、デジタル浸透がこの「コトの企画」をより企画しやすく、「コトのマネジメント」をしやすいものにした点で、コトとデジタルオーバーラッピングは非常に相性が良いと言えます。

インターネットによって「データによる成果の把握」が可能になったことで、データを活用できるプレイヤーが勝つようになりました。
これと同様にデータによる成果の把握によって、エクスペリエンスマネジメントが出来る人たちが、より良い企画を作ることができ、企画を改善することができるようになり、ビジネスはよりエクスペリエンス型にシフトしているのです。商品という単一接点だけを見ていては、より多くの接点を持ってそれを活用しているビジネスには勝てなくなることが多くなるわけです。

シェアサイクルに見る、体験磨きこみ競争

前回お伝えした通り、中国では、モバイルペイメントの普及によって、あらゆるサービスがモバイルを通して利用できるようになりました。結果デジタルであらゆる行動が追えるようになり、「エクスペリエンスマネジメントができない企業は滅ぶ」というような事例が良くみられるようになっています。

このことは、シェアサイクルの事例からお伝えしましょう。ご存じない方のために、前回記載の内容を再掲します。

街中に、普通に置いてあるシェアサイクルについているQRコードをアプリで読み取ると、シェアサイクルのカギが、触ることなく開きます。好きなところまで乗ると、非常識でない場所であれば好きなところに乗り捨てられます。30分乗って、1元(16~17円)です。
これも、時間帯と頻度から家がどこで会社がどこなのか分かりますし、他の情報と組み合わせれば、どういう店に、どのような流れで寄る人なのかが分かります。キャンペーンやゲームを仕込めば、人の流れを変えることさえできます。

最近はこのシェアサイクルに関して、「最終的には資金が持たず、うまく行かなかったのではないか」というニュースがたくさん出ています。確かに資金繰りには相当苦労していて、最終的にはプラットフォームに買収される形になっていますが、それでもこの3年間、市場を席巻し、競争を勝ち抜き、既存自転車業界をディスラプトしたのは事実ですので、ここではその「成功したところ」という観点でご説明します。

さて、以下の写真をご覧ください。

ここにある24個のアプリは、なんと全てシェアサイクルサービスです。(1つのサービスにうまく行く兆しが見えると、模倣サービスが乱立するのが、中国らしいたくましいところです。)

何故こんなにも多くのサービスが生まれたのか簡単に説明します。
メジャーなシェアサイクルが登場した後、新しく自転車を買う人がいなくなり、自転車メーカーや自転車屋が廃れ始め、自転車工場が稼働しなくなり始めます。すると、資金を携えたベンチャーが自転車工場に対して、「この台数を、この価格で作ってくれ。嫌なら他を当たる」ということができるようになります。仕事が欲しい工場に対してボリュームディスカウントをすることで、安く大量に自転車を仕入れることができるようになって、シェアサイクルサービスが乱立可能になった、ということです。

ただ、先ほどあった24個のサービス(一画面に収まらないだけでもっとあるらしいです)は、2017年の1年間をかけて淘汰されていき、数社が残りました。この中の2強が、Mobike(摩拝単車、モバイク)とOfo(オッフォ)というサービスです。

何故この2社が残ったかという話をするとき、「価格ですか?」と聞かれることがありますが、価格が理由ではありません。2強が30分1元に対し、0.5元や、なんなら無料で使える、というサービスまでありましたが、つぶれていきました。
資金と物量という側面は当然ありますが、資金を集めるためには前提となるサービスの良さや利用データが必要です。物量に関しても、正直、町中に色んなサービスの自転車があふれかえっていたので、複数登録しておけばどれを選んでもいい状態でした。

では何が決め手だったのか。それは、「体験磨きこみ競争を行なったかどうか」です。

MobikeとOfoは、アプリ自体の使いやすさや機能、キャンペーン企画、自転車の再配置方法だけでなく、自転車そのものも変えているので、双方第5世代くらいまで自転車のパターンがあります。

この2社の体験磨きこみ競争は、例えば以下のようなものです。

  • Ofoはカゴがついててサドルの調節ができるので、Mobikeも双方の機能を付ける。
  • Mobikeは初めから全ての自転車にGPSがついていて位置を追うことができ、回収や再配置の精度が高かったため、Ofoもこれに倣い、初期型のGPSなしの自転車を完全撤去する。(GPSがないので、相当大変かつ時間がかかった)
  • Mobikeが当初利用審査に4時間かかったが、Ofoがその場で使えるようになった(事後審査制にした)ため、Mobikeもこの方法を採用。
  • 元々デポジットが必要だったが、Ofoはアリペイのポイントがある程度高い場合は免除にした。MobikeはWechatアカウントとつなげて使う場合は個人が特定できるため、デポジットなしでよい、とした。
  • 双方、健康管理機能を付けて、走行時のデータを可視化。

※奥は2世代目(多分)、手前は5世代目(多分)のMobike。最新型のこのMobikeが筆者は大好きです。

他のサービスは、サービスを世に出して終了していたところ、この2社は圧倒的な速さで体験改善を行い、人々を魅了し続けました。みんな大体両方のアプリを入れていますが、Mobike派、Ofo派などが次第に出来始め、私も実は、目の前にどれだけOfoがあっても1分くらいMobikeを探し回るMobike派です。

個人のデータに紐づけられているので、利用総量という曖昧なデータではなく、例えば「これまで通勤時間に同じルートを毎日乗っていた人の乗車頻度が下がり始めている」などが見えると他社に負けている可能性が高いし、その人が好きな自転車のタイプや、キャンペーン、ポイント付与、健康管理機能のどれによって戻ってくる人なのかも分かるようになります。

結局人は、「便利か、楽か、使いやすいか、楽しいか」といったエクスペリエンスに関わる要素で選んでいた、ということがよくわかる事例かと思います。エクスペリエンスマネジメントは、体験磨きこみ競争と同じことです。これを実直にやっていった2社が結局覇権を握ったわけです。

途中でも書きましたが、最新情報では、Ofoは自転車メーカーから未払いで訴えられ、Didi(滴滴出行、ディディチューシン) とアリババに買われる、という流れになっています。
単一のビジネスとしてはうまく行かなかったかもしれません。

しかし、「ユーザが多い、好かれているサービス」になっていた結果、滅びずにプラットフォーマーの中に取り込まれることができた、という状況に落ち着いており、これもまた、「最終的に人さえ集まればプラットフォーマーに助けてもらえる」というゲームルールになっているように見えます。

全てがオンライン化した時代において、如何にエクスペリエンスの管理が重要か、分かっていただけたでしょうか。

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