Date : 2019

03

13Wed.

中国・平安保険のアプリ「好医生」とは- デジタルがリアルを包み込むってどういうこと?第3回

アフターデジタル

エクスペリエンス事例

前回の記事では福建省に留学していた話を書きましたが、良く聞かれるのが「なんで北京や上海じゃなくて福建省だったの?」です。 いや、北京も短期留学したんですよ。 ただ、エラい目に遭いまして、北京にはトラウマがあるのです…。

98年、真夏の北京でインフルエンザに

98年の北京。大気汚染ではなく、写真が焼けちゃっているだけです。

北京の清華大学で、1ヶ月の夏季短期留学プログラムに参加していた時のこと。お昼ごろまでは元気にバスケットボールをしていたりしたのですが、夕暮れになるにつれてみるみる体調が悪くなっていきました。熱を測ると38℃。バスケで汗をかいたのが原因か、風邪をひいてしまったのです。

早速、大学の先輩が大学内の医院に連れて行ってくれました。
いや、医院というか、ぱっと見、保健室…?

中国語が話せない私に代わって先輩が症状を説明してくれたのですが、「じゃあ、喉の様子を見てみましょうか」と医師が取り上げたものに目が釘付けになりました。
…それ、ガ○ガリ君の棒じゃない?
日本でも、内科などで、喉の様子を見るときに舌を押さえるのに使う、ステンレスの棒(舌圧子というそうです)があると思うのですが、あれが、木でできてるんですよね。
しかも、完全に使用済。煮沸消毒とか絶対してない、そのあたりに放置されていた木の棒です。
熱で朦朧としていた私、木製の舌圧子を断固拒否。
「絶対にそれ、口に入れないです!頑張って口開けます!」
翻訳する先輩。呆れて首を振る医師。(呆れたいのはこっちだよ!)私の頑なな様子に医師が言いました。
「5元出してくれたら新しいの使うけど」
ぜ、ぜ、舌圧子に金取んのかーい!!!
背に腹は代えられず、5元支払い、ちゃんと滅菌済(と信じたい)の木の棒を出してもらいました…。
その後、医師が喉の様子を見ていると、背中に妙な圧力が。膝が当たっている?というか、蹴られている?
先輩、近いですよ、と言おうとして振り返ると、そこに立っているのは体調の悪そうな兵士。
「さっさと順番代われ!俺は偉いんだよ!」
な、なんなの、この人ー!!!
結局、碌な診療を受けられないまま、謎の漢方薬を処方されて医院を出ましたが、薬を飲んでも熱が下がらず、果ては「周りの人が一斉に悪口を言っている」妄想を見る羽目に…。見るに見かねた先輩が今度は北京市内の中心部にある、ルフトハンザ航空の診療所に連れて行ってくれました。
血液検査の結果はインフルエンザ。抗インフルエンザ薬であっという間に快癒し、後には謎の漢方薬と北京に対する深刻なトラウマが残りました…。

むしろ悪化している中国の病院事情

さて、そのころから20年経ち、中国の病院事情はどうなったかというと、…悪化していました。

…いや、これができるなら私、病院そもそも行かないと思う。(実際に走っているのは病人の親族だそうですが、単身留学の場合、初手で詰んでいる)
中国はどの都市にも病院は数多くあるのですが、クオリティがピンキリで、キリとなると私が掛かったような保健室や怪しい薮医者が出てきて最悪命に関わってしまうため、一定安心できる大病院に患者が殺到してしまうという構図が出来上がってしまったようです。
その気持ちはよくわかる。
しかし、大病院に患者が殺到してしまった結果、診察を受けられるのが7日後、というパターンもあるようで、インフルエンザだったら脳炎で死ぬか、治ってしまいますね…。

ユーザは2億人以上。平安保険の「平安好医生」アプリとは

この状況下で、中国の大手保険会社、平安保険が1つの無料アプリを出しました。名前は「平安好医生(=グッド ドクター)」中国の病院事情を変える、いくつかの機能があります。

・快速問診:オンライン上問診サービス。病院に行くべきか、何科が良いかがわかる。
・探医生:実際に掛かった人のクチコミや評価を見ながらドクター単位で予約受診。
・閃電購薬:処方薬のEC。
・健康商城:サプリや処方不要の漢方薬のEC。
・健康頭條:健康に関する様々なヘッドラインをチェックできる。
等々。(DiDi同様、こちらのアプリも近年多角化しており、ほかにもいろいろな機能があります)

探医生の画面。快速問診の後だと診療科を選ぶのも楽ですね。評価の高い医師が下に表示されています。

「平安好医生」によって中国の病人ライフはどう変わったか

体調が悪くなってきたな…、これ、病院に行ったほうがいいのかな…、というタイミングではまず「快速問診」を使います。ノロウィルスなどなら、よっぽど重症でない限り家で寝ていた方が良かったりするわけですが、この判断が素人には難しい。「快速問診」を使うことで、オンライン上で医師に相談でき、病院に行くべきか、行くなら何科が良いかアドバイスをもらえるわけです。ここで病院に向かってしまう患者の総数を減らすことができます。

快速問診。医師と直接チャットでき、患部の写真を添付することもできる

病院に行った方がいいとなったら次に使うのが「探医生」。この程度の症状なら大病院で7日待つ必要はなさそうだけど、じゃあ近所のクリニックの、どこに行くのが良いか…。「探名医」なら、近所のクリニックの、病院単位ではなく、医師単位で口コミを確認することができます。「クチコミを信じて行ってみたら変な先生に当たった!」が防げるわけですね。同時に、医師単位で診療の予約をすることもできます。

探医生の画面。快速問診の後だと診療科を選ぶのも楽ですね。評価の高い医師が下に表示されています。

病院に行ったら、医師単位で予約しているので受付の必要はありません。予約時に症状を記入しているので、受付で「昨日から下痢が止まらなくって…」みたいなことを言って気まずい、ということもありません。(これ、本当につらいんですけど、私だけですかね…)
診察室の前で待って、時間になって呼ばれたら診察を受けるだけ。支払いも当然アプリ上から済ませることができます。
診察が終わったら、薬局に行って薬を購入することもできますが、「閃電購薬」で処方薬を
購入し、家まで届けてもらうこともできます。しんどい時には薬局の待ち時間が辛いわけで、これを省略できることは、とてもうれしいですよね。(あと、ここでも「昨日から下痢が止まらなくって…」みたいなことを言わないで済むのが心の底からありがたい)
こうやって、「平安好医生」によって、
・そもそも病院にかかる患者の総数を減らす
・大病院に集中させず、近隣の良いクリニックに患者を分散させる
・通院、処方にかかる手間を効率化することで患者、医師双方の時間を短縮化させる
ことが実現でき、中国の病人ライフが劇的に改善されつつあるのです。
「平安好医生」は2014年にリリースされて以降、順調にユーザ数を伸ばし、現在は2億人以上のユーザを抱えていると言われています。

「平安好医生」によって営業マンが応援団に変わった

この途方もないユーザ数を抱えたアプリ、平安保険はただ社会貢献のために作ったわけではありません。実は保険加入のための最初のタッチポイントになっています。とはいっても、便利なアプリがあればユーザが喜んで保険に加入してくれるわけではありません。鍵は保険の営業マンです。
平安保険の営業マンは保険を売りません。代わりにこの「平安好医生」アプリのインストールを熱心に勧めます。そしてアプリを使って病院の予約をするユーザがいたら電話を掛けます。

「病院を予約されたようですが、お加減が悪いのですか?」
日本の人はここで身構えてしまうかもしれませんが、中国の人は結構フランクに話をします。
「私じゃないのよ、下の子が熱を出しちゃって。快速問診使ったら、病院に行った方がいいって言うもんだから」
「じゃあ、会社を早退して病院ですか?大変ですね」
「そうなのよ、上の子のお迎えが間に合わないからどうしようかと思って」
ここからがすごいです。
「そうですか。じゃあ、僕が代わりにお迎えに行きましょうか。」
行くんです。営業マンが。ユーザのお子さんをお迎えに。そして、なんなら子供を家まで送るついでに、果物を買って差し入れて帰っていったりするそうです。
もう、お母さん(お父さんかも)、一発で平安保険のファンになります。
そして、病気が良くなった頃にまたお見舞いに行き、そのタイミングでついに保険について切り出すわけですが、ここに至ってもただ保険を押し売りするのではなく、
・家族の構成
・それぞれの年齢や体質
・これまでの受診歴
などから、「この保険に入っておいた方が、総額で安く済む可能性が高い」と論理的に説明するわけです。

お見事、と言わざるを得ません。私なら100%、保険に入ると思う。

平安保険が行ったのはデジタルを通じたユーザ・営業マン双方の体験設計

保険会社にとって頭の痛い問題は大きく2つあります。1つはいかにして加入者数を増やすか。そして2つ目は、いかに営業マンを確保するか。

保険に限らず、どのような業界でも営業マンが転職する時にこのように言うことがあります。

「自分の売り物に自信がなくなってしまって。胸を張って売れなくなってしまったんです」

特に保険は、病気にならなければただお金が出ていくだけ、助かったと思う時は病気や事故など何か不幸に遭った時で、営業マンが上記のような悩みを抱えやすい構造があります。加えて、営業マンがノルマを達成するために、必要もない保険に無理やり加入させる…、ということも。そうした中で経験を積んだ営業マンが長続きせず辞めてしまい、企業にとっても大きな損失となっていました。

そこで平安保険は営業マンの目標を見直し、保険加入をゴールとせず、アプリの登録をKPIにしました。このアプリなら無料ですし、上述の通り極めて便利なので、営業マンは心を痛めることなくお勧めすることができます。その後はユーザの応援団に徹し、ひたすらユーザをサポートすることで、結果的に保険の加入が増えるという仕組みを作ったのです。

田城渾身のパワポによるポンチ絵

これにより、営業マンの離職を防ぐことができ、平安保険は経験豊かな営業マンを揃えることができるようになりました。また、押し売りをする必要がなくなったことで、企業のブランディング低下を防ぎ、「私、平安保険さんが大好きなんです!」という熱烈なファンを急増させることにも成功しました。
DiDiの時にも感じましたが、中国の先進企業はデジタルの使い方がうまいだけではなく、働く人の遇し方がとてもうまいと感じます。

日本では「平安好医生」は成立するのか

残念ながら、日本では医事法や薬事法の兼ね合いもあり、ここまでワンストップのサービスを作ることは現状では難しそうです。(単体としてのオンライン問診サービスや病院単位のクチコミサービスはすでにいくつかあるようです)
ですが、この事例に通底する「ユーザ・働く人・企業の三方良しをデジタルをベースにどのように実現するか」は他の領域でも参考になる考え方だと思います。
日本では、せめて、病院や薬局はスマホで受付して、症状を口頭で言わずに済むようになるとありがたいな、と思います…。

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