インサイトとフリクションとは?【デジタルサービス開発の着眼点: 第1回】

デジタルサービスを開発するときは、「インサイトの発掘」と「フリクションの解消」の2つの視点を持つと、ユーザの隠れたニーズを理解しやすくなる。第1回では、デジタルサービス開発のよくある失敗例と、インサイトとフリクションの定義について解説する。

現代ではコンピュータやスマートフォンが普及し、それを支えるネットワークやシステムも大きく発展している。そのため、多くの企業がこれらの技術を活かしたデジタルサービスの開発に取り組んでいる。しかし、単に新しいサービスを作るだけでは、うまくいかない例も多い。

ユーザから高く評価してもらえるサービスを作るためには、「インサイトの発掘」と「フリクションの解消」が重要となる。本稿では3回に分けて、インサイトとフリクションに着目することの重要性を解説していく。

初回である今回は、デジタルサービス開発で起こりがちな失敗と、インサイトとフリクションの定義を説明する。その後、第2回でインサイトを活かしたサービス開発の例、第3回でフリクション解消によるサービス開発の例を取り上げる。

デジタルサービス開発の隆盛と落とし穴

パソコンやスマホなどのチャネルが普及したことで、今や多くの企業がデジタルサービスを展開している。しかし、そのようなサービスを作りさえすれば新たな売上につながるとは限らない。デジタルサービスは既に飽和状態にさしかかっており、ユーザの時間を奪い合う競争に突入しているのである。

それを裏付けるデータが、Andrew Chen氏が公表した、図1の「Androidアプリの平均リテンション率」のグラフである。(図1)リテンション率とは、一度アプリを使ったユーザが、一定期間が経った後もそのアプリを使い続けている割合を示す。グラフは4本に分かれており、それぞれ「Google Play内の人気ランキング上位10位以内」「50位以内」「100位以内」「5,000位以内」を示している。

図1:アメリカのユーザのアプリ利用状況(Andrew Chen氏のブログより)

このグラフを見ると、最初の7日間のうちに、人気アプリとそうでないアプリのリテンション率に大きな差が生じていることがわかる。7日後のデータを見ると、人気が下位のアプリほどリテンション率が大きく低下しているのである。特に、5,000位以内のアプリではわずか20%にまで下がっており、残りの約80%のユーザが7日以内にアプリを使わなくなっているといえる。ユーザは新しいものに多く手を出していくのではなく、気に入った特定のアプリを集中的に使う傾向の方が強いと考えられる。

また、別の調査によれば、2012年から2014年にかけて、アメリカ人の毎月のアプリ平均利用時間は伸びているのに対し、平均利用個数は全く変化していないという。新しいアプリやデジタルサービスを作っても、ユーザに受け入れられる工夫がなければ、すぐに見放されてしまうのである。

デジタルサービス開発の失敗例

では、デジタルサービスがユーザに使われるか否かは、何で決まるのだろうか。筆者が重視しているのは、「ユーザが真に求める価値を理解したうえで開発されているか」である。

サービス開発の典型的な失敗例を見てみよう。ある大手銀行では、デジタルチャネルでの顧客接点強化を目的としたプロジェクトを行うことになった。そこで担当者は「ユーザが日常的に使うようなサービスを作れば、接点が増えるだろう」と考え、銀行アプリに家計簿の機能をつけることを提案したのである。

この提案のどこに問題があるか分かるだろうか。最大の問題は「顧客接点が増えるような機能は何か」という切り口のみで考えてしまっている点にある。銀行アプリの家計簿を本当にユーザが使いたいと思うのか分からないまま、ビジネス目的の達成だけを主眼にサービス設計を進めようとしてしまったのである。(図2参照)

図2: 失敗するサービス開発のステップと、あるべきステップ

事実、改めてユーザにインタビューを行ったところ、ユーザは「お金のことを考えるのは難しい。銀行も手続きが面倒なのであまり関わりたくない」という意識が強いことが分かった。このユーザ理解をもとにしていれば、ユーザにとって価値のあるサービス方針を導くことができる。具体的な機能のアイデアはその後に立てるべきである。

インサイトとフリクション

とはいえ、「ユーザの求める価値とは何か」と言われても曖昧に感じてしまう方もいるだろう。そこで本稿では、ユーザを向いたサービス開発に必要な考え方を紹介する。キーワードは「インサイト」と「フリクション」の2つである。

インサイトとは

インサイトとは、「表に出ないユーザのホンネ」のことである。マーケティング用語として聞いたことのある方もいるかもしれないが、インサイトの定義はまだ定まりきっておらず、十分に要点が理解されていない例も見られる。筆者の考えでは、良いインサイトとは以下の2つを満たすものである。

1: 言葉にされていない暗黙の考え方・価値観を、共感できるように言い表している

インサイトを得るうえで難しいのは、ユーザ自身も自分のホンネをうまく説明できないことである。例えば、あなたは何か買い物をするときに、毎回「なぜそれを買うのか」を論理的に説明できるだろうか?おそらく、最終的には「なんとなく良いと思って」選んでいることが多いだろう。

インサイトとは、その「なんとなく」の裏側にあるロジックのことである。当然、一人のユーザの言葉をそのまま借りるのでは意味がない。複数のユーザの言動から、彼らが無意識に前提としている考え方を言語化する必要がある。難しい作業ではあるが、うまく言葉にできれば、あたかもユーザに取り憑いたかのように、言動の意味やニーズを深く理解できるようになる。

2: ビジネス上の新たな方針を導くことができる

適切なインサイトを得ることができれば、今後取るべき施策の方向性が見えてくる。例えば、ユーザが自社の商品について捉え違いや思い込みをしているようであれば、それを払拭するようなコミュニケーションが有効となる。また、インサイトから隠れたニーズが見えた場合、そのニーズを満たすようなメリットを訴えれば、ユーザの心を動かすことができる。インサイトは、ユーザを購買へと動かす力を持っているのである。

このように、良いインサイトを得るためには、単なるインタビュー以上にユーザを深く知ることが必要となる。それには、自分の前提や価値観を捨てたうえでユーザと向き合うことが望ましいだろう。

フリクションとは

フリクションは英語で「摩擦」を意味するが、デジタルサービスにおけるフリクションとは、ユーザを購買などのゴールにたどり着かせないよう、心理的負荷をかけるものを指す。

直感的には、leanstack.comの図がわかりやすいだろう(図3参照)。サービスを使い始めてから購買などのゴールに至るまでの間に険しい坂があることで、ゴールへ向かうユーザの気力が徐々に奪われ、最終的にゴール到達を諦めさせてしまう。この坂がフリクションである。

このフリクションを解消し、ユーザから「手間をかけてサービスを使う」という意識をなくすことができれば、ユーザの利用体験を大きく向上させることができる。

図3: カスタマージャーニー上のフリクション(leanstack.comをもとに作成)

フリクションには、大きく分けて以下の2種類がある。

1: モチベーション由来のフリクション

ユーザの意欲が企業側の想定よりも低く、行動を起こすこと自体が面倒くさいと思われている状態である。例えば銀行の場合、ユーザは平日しか開いていない支店に行くことを面倒がっている可能性がある。

2: 難易度由来のフリクション

ユーザにとってのタスクの難易度が企業側の想定よりも高く、タスクを完遂できない状態である。銀行の例では、オンラインバンクの使い方がわからず、送金を諦めてしまうといった例が考えられる。

いずれのフリクションも解消しなければならないものではあるが、特に前者はどこで発生しているか分かりにくいことが多い。実際のユーザの行動ステップを細かく観察することで、隠れたフリクションを発見することが重要となる。

自分の価値観を捨ててユーザと向き合う

デジタルマーケティングの大家であるモーハン・ソーニーは、「顧客の靴を履いて歩くこと。ただし、その前に自分の靴は脱いでおくように」と語っている。インサイトやフリクションを見つけるために重要なのは、自分の中の前提や価値観を捨て、ユーザをゼロから理解しようとしていく姿勢なのである。

次回は、インサイトを発掘したことで商品やサービスの改善を行った例を紹介する。

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  • 執筆者:宮坂祐
    (エグゼクティブマネージャ/エバンジェリスト)

    一橋大学法学部を卒業後、ビービット入社。金融、電機メーカー、メディア等の大手企業・ネット先進企業のウェブサイト改善・再構築に関するコンサルティングプロジェクトを多数手がけ、クライアントの成果向上に貢献。累計1000人超のユーザ行動観察調査の経験をもとに、近年は講演や執筆活動も実施。

  • 執筆者:大谷直也
    (コンサルタント)

    東京大学経済学部を卒業後、ビービット入社。人材、メディア、金融機関等のウェブサイト・デジタルサービス改善プロジェクトに携わった後、現在はテクノロジーとユーザ中心設計に関する調査・研究活動に従事。