第36回 「ユーザ中心ウェブサイト戦略」出版に寄せて

方法論不足のウェブ業界の状況やユーザ分析の重要性を紹介します。

ビービットでは9月27日に「ユーザ中心ウェブサイト戦略 仮説検証アプローチによるユーザビリティサイエンスの実践」という書籍を出版いたしました。

「ユーザ中心ウェブサイト戦略」書籍詳細

今回はこの書籍出版の背景についてご紹介することで、今のウェブ業界の状況を垣間見てみたいと思います。

方法論の不足

今回の書籍出版でこだわったのは「体系的に方法論を紹介する」ということです。

ウェブサイト戦略やネットマーケティングに関する書籍は沢山ありますが、方法論という形で公開されているものは国内外を通じてみてもまだ少いのが現状です。

ユーザ中心設計という概念は日本よりもアメリカで方法論化が進んでいますが、それでも、例えばユーザビリティテスト(ユーザ行動観察調査)実施のタイミングや各検証の目的は案外曖昧なままであったり、また「社内ヒアリング」という作業の必要性が明確に定義されている方法論は殆ど見当たらないといった状況です。

日本においては、方法論を作ろうという発想はまだ少なく、属人的にサイトの企画・設計・構築が行われいるのが現状ではないでしょうか。ウェブサイトの制作やコンサルティングを行うという専門会社に強みを聞いてみると、多くは「経験」と答えるはずです。「方法論」ではなく「経験」に依存しているのが日本のウェブ業界の特徴なのです。

インターネットの重要性が増していく中、経験豊富な特定の人でないとウェブサイトを作ることができないという時代は終わりを迎えるはずです。また、単にページを作れば良いという段階も終わり、よりウェブ上での成果を創出するために、ユーザ分析などのマーケティング的視点を踏まえてサイトのあるべき姿を組み立てていくステップが求められています。

このような状況において、業界で求められているのは流行のトピックを解説した本ではなく、一定の成果を収めたことのある現実的な方法論だと判断しました。

今回の書籍では、我々が普段使っている方法論「ビービットUCD」のダイジェスト版を紹介しています。ダイジェスト版となっているのは紙幅の関係以外にも、方法論は毎週更新されるためそもそもすべてを網羅するのは難しいという理由があるのですが、それでもコアとなる考え方と大まかな作業ステップ、ならびにそのステップで必要となる具体的作業は細かく紹介したつもりです。

これはサイトを成功に導くための「答え」を提示するものではなく、「答えを出すプロセス」を定義したものなので、同じ方法論でもそれを使う人のスキルや経験によって導出される答えは変わります。加えて、一つの方法論が全てのサイトに適用できるわけではなく、その時々で作業ステップや検討ポイントを設定したり、重み付けを変えたりする柔軟性を持って活用してもらえるとより一層サイトを成功に導けるはずです。

さらに、この方法論はウェブのインターフェースに限らず、ユーザ視点から企業のマーケティングや営業、組織、システムなどが持つ矛盾を指摘する力も持っており、使い方によっては広くビジネスにまで応用可能なものとなっています。

ユーザニーズと背景情報

本書はユーザ中心設計を紹介しているのですが、その中で強調している観点として、「ユーザシナリオ」という考え方と「行動観察によるユーザ分析・検証」の2点があります。

前者の「ユーザシナリオ」というのは、ユーザのニーズや行動を「点」ではなく「線」で考えようとするものです。

現在、企業ウェブサイトはその効果・成果が厳しく問われるようになっていますが、サイトで意図した成果を上げるためには、単なる使い勝手の改善以上に、サイトでいかにユーザを説得・誘導して最終的にビジネスゴール(と同時にユーザゴール)を達成させるのかを考えなくてはいけません。その時に重要になるのがこのシナリオという考え方です。

ユーザニーズはその場で突然発生するものではなく、過去の経験や前提知識、そのときの心理状態や状況などが複雑に絡み合って顕在化します。例えば、ユーザが「このお店の地図が見たい」というニーズを抱いたとしても、ユーザがそのエリアの地元の人なのか、電車で行くのか車で行くのか、誰かと待ち合わせするのか・・・などの状況によって具体的に必要とする地図は変わってくるはずです。

このように表面化したニーズの裏に潜む動機や背景情報まで把握することで、ユーザの実際の心理に迫ることができますので、より成果の上がるサイト説得術を検討することができるようになります。

このこと自体は当たり前のように思われますが、ここまでユーザの状況に踏み込んでウェブサイトを企画・制作しているサイトはそう多くはありません。ユーザアンケートやグループインタビューだけではここまでの情報を把握することは難しく、また実際に調査しようとしてもどうしてよいか分からない場合が多いからです。

ではどうやれば分かるのか、その具体的方法の一つを「ユーザビリティテスト(ユーザ行動観察調査)」として本書で紙幅を割いて紹介しています。この手法を仮説検証プロセスの中に組み入れることが成果の上がるサイト戦略策定に極めて重要となります。

ウェブサイトの本格的なビジネスチャネルへの変革が求められている今、ユーザシナリオという考え方と行動観察という手法はウェブマーケティングを変える概念として広く知っていただけたらという思いで紹介しました。

方法論の公開

最後に余談として、すでに本書をお読み頂いた方から「具体的な方法論をこんなに明かして大丈夫なのか?」と言ったご意見(ご心配)を頂戴することがあります。

当然、競合他社が似たようなアプローチを取る可能性はありますが、我々は方法論が真似されるとすれば真似される程度のものでしかなく、さらに価値の源泉は方法論そのものよりもこれを創出している文化や組織、人にあると考えています。もちろん方法論やノウハウは重要ですので日々これを洗練して他の追随を許さない状況にしておく必要がありますが、同じ方法論でも実行する人・組織によって結果は異なるため、最終的に高い成果や価値が創出できる組織であることにも同じくらい重きを置いているのです。

さらに、持っているノウハウを公開するとこれ以上守るものが無くなるため、また新たな手法を創り出すことに注力でき、より一層のイノベーション創出に集中できるという副産物もありますので、「創ったら壊し、壊したら創る」を繰り返してより高いレベルのものを創出していきたいと考えています。