ユーザ理解は「共感」で2倍深くなる

ユーザ理解には2種類の方法がある。外からユーザを観察するやり方と、ユーザと同じ視点に立って共感するやり方である。「ユーザ理解」と言われているものの多くは前者に近いやり方だが、場合によっては後者が重要になることもある。今回は、共感が必要となる場合と、それを促すための手法を紹介する。

ユーザ理解には2種類ある

ユーザインタビューをするときの重要な目的として、「ユーザ理解をすること」は最初にあげられるだろう。しかし、「ユーザ理解をしている」とは具体的にどのような状態のことをいうのだろうか。ビービットでは、ユーザ理解には2種類あり、両方を使い分けられるようになることが必要ではないかと考えている。

客観的に観察する(Inside Out)

ユーザの横に立ち、インタビュアーとしての客観的な視点でユーザの行動の特長や思考回路を理解していくというものである。「事前に立てたユーザについての仮説を検証する」というような、中立な実験者としての姿勢であることが多い。

このとき、インタビュアーの頭の中に浮かんでいるのは、サービスを使っているユーザの姿である。この状態は、インタビュアーが自社の立場から外にいるユーザを見ているという意味で、「Inside Out」と表現することができる。

ユーザ理解と聞いて、このInside Outと同様の手法を思い浮かべた方が多いのではないだろうか。しかし、ユーザ理解にはもう一種類の方法がある。

ユーザに共感する(Outside In)

ユーザに共感するやり方では、インタビュアーは中立・客観的な立場にはいない。インタビュアーはユーザの中に入り込み、ユーザの思考回路や感情を自分のものであるかのように感じ取っている。それをその場で分析しようとはせず、インタビューの場ではユーザが感じたことと同じことを追体験できる視点を手に入れることを目指している。

これは、Inside Outとは反対に、外から自社を見る視点に立つという意味で「Outside In」といえる。インタビュー用語では、「憑依」や「相手の靴を履く」などという状態に近いだろう。

図1:2種類のユーザ理解

これら2つの方法は、どちらかが優れているというわけではない。インタビューのお題や知りたい問いによって、2つを使い分けるのが理想的である。

Outside Inの難しさ

ただし、後者であるOutside Inのスキルを養うのは簡単ではない。「ユーザと同じ視点に立って追体験する」とは具体的にどのような状態なのか、的確に言語化することが難しいためである。このスキル自体が客観的な視点に立つものではないため、後から客観的な言葉で説明するのは限界がある。その境地に立たないと完璧には理解できない、職人芸のような一面があるといえるだろう。また、前者のInside Outだけでも、プロジェクト経験やノウハウが豊富にあれば、サービスの大きな課題を見つけ改善することも可能である。

では、共感とはどのようなときに必要になるのだろうか?

Outside Inが必要な場面

Outside Inが必要になるのは、一定の枠組みの中で論理的に答えを導くのが難しい場合である。例えば、以下のような場合が考えられる。

長期的・総合的な体験を設計するとき

例えば、CVR向上のためにウェブサイトでの比較検討プロセスを改善するプロジェクトの場合、サイトへの流入経路は限られており、サイト内での行動プロセスも基本的には一直線に近い形で表すことができる。そのため、「一定の枠を持った仕組みに向かい合ったユーザがどう動くか」という観点から考えればよかった。

しかし、カスタマージャーニーの場合、ユーザの心理は無数の接点で動かされる。スマホや雑誌だけでなく、身近な人との話や何気なく見た広告・その日の気分など、小さな接点で感情が動き、それが累積していく。加えて、ユーザごとにたどるプロセスの多様性も大きくなる。さらに、デザインの対象となるものの幅も広がる。ウェブサイトやアプリなど特定の枠組みのサービスをデザインすればよいわけではなく、様々な接点での体験自体をデザインし、ユーザの感情を望ましい方向へ向かわせることが求められる。

このように、長期的・総合的な体験を扱う場合は、ユーザの行動もデザインの対象も多様になり、どこに重要なものがあるのか外から見えにくくなる。そのような時は、ユーザと同じ視点に立たなければ、隠れた重要なポイントを見落としやすくなってしまう。

ユーザの感情の動きが重視されるとき

論理的な比較検討というよりも、感情の動きによってサービスへの印象が大きく変わる場合には、ユーザの行動や心理を追体験して共感を養う必要性が高い。

例えば、結婚式や葬儀、高級ホテル、レジャー施設などは、ユーザが希望や興奮、あるいは悲しみなどの強い感情を持ちながら検討することが多い。このようなサービスでは、価格や設備などの比較材料よりも、写真やブランドなどのイメージ訴求を前面に出した方が良いこともある。そのとき、どのようなイメージ訴求であれば効果があるかは、ユーザの感情をありのままに感じとらなければ判断しにくい。

組織にユーザ視点を定着させたいとき

Outside Inによるユーザ理解が役に立つのはユーザ理解だけではない。クライアント自体の考え方を変えたいときにも、この方法は有効である。

ビービットでは、プロジェクトを通じて、クライアント企業に顧客志向を根付かせたいと考えている。その際、ユーザへの共感の度合いが低いと、顧客志向の施策の優先度が下がってしまう。ユーザの体験や感情を自分ごと化できていなければ、顧客志向に対して切実な思いを持つことが難しいのである。

しかし、インタビューの見学などを通じ、「ユーザに共感する」という体験をしてもらうことができると、顧客志向が続きやすい。ユーザの体験を自分の体験と同じように感じ取ることができると、それは論理以前の視野や価値観に影響を及ぼしうる。そして、その後のビジネス上の意思決定を行うときも、ユーザの視点に立ったことを前提とした決定になりやすくなる。

Outside Inを促すアプローチ

では、どうすればインタビューに慣れていない人でも、Outside Inによる共感を行いやすくなるのだろうか。 最も重要なことは、自分の解釈を挟まず、ユーザから見た事実と感情をそのまま得ようとすることである。それを促すための方法がいくつかある。

主観形成

最初にユーザ像を想定し、それに沿って一人のユーザとして行動をすることで、ユーザの視点をつかもうとする方法である。よく行われているウェブサイトの認知的ウォークスルーもこれにあたる。加えて、実際にユーザになりきって店舗を利用してみるなど、ウェブサイトに閉じないプロジェクトでも活用することができる。

この方法を使うときのポイントは、最初にユーザ像を想定するとき、共感しやすいように作ることである。単に属性や比較検討の条件などを設定するだけでは、机上のユーザ像の枠を出ない。そのユーザの価値観や考え方、判断基準などにまで踏み込んだ設定をすることで、始めて同じ立場に立ち、同じように行動することができる。

そこまで深く掘り下げたユーザ像の設定が難しいという場合は、身の周りにいる人の中でユーザ像に近いような人をモデルにすると良い。普段近くにいる人であれば、どのような価値観を持っているかわかりやすいだろう。特に、ワークショップなどで複数のメンバーが同時主観形成を行うときは、同僚などをモデルにしたユーザ像を作ると、思考の前提をすばやく揃えることができる。

図2:ユーザ理解のため、客として店を訪問

日記調査

ユーザに普段どおり生活してもらい、調査対象となるサービスに触れたり考えたりした記録を、日記として逐次送ってもらうというものである。また、それに加えて写真なども送ってもらうと、ユーザが見た視点を直接理解しやすくなる。

日記調査のインプットの形式についてはいろいろな方法があるが、ビービットでは「その場でスマホからSNSに投稿してもらう」という方法を取り、ユーザが見たものや感じたことをリアルタイムで共有してもらっている。これにより、すぐにユーザの記憶から消えてしまうような、普段の生活の中にある小さな体験や接点を直接知ることができ、ユーザの視点に立ちやすくなる。
(ビービットが行っている手法の詳細は、こちらのコラムを参照)

図3:接触体験をリアルタイムで伝えてもらう

ウェアラブル・VR調査

ユーザにウェアラブルカメラをつけてもらい、ユーザの視点から見た光景を体験するものである。この方法の最大の強みは、ユーザと全く同じ視点から自社のサービスを見られることである。第三者が撮った映像とは異なり、ユーザの細かな体験も全てわかるため、利用体験の中のコンテクストもわかる。そのため、プロジェクトに直接関わっていない他の担当者や経営陣なども、この映像を見せれば簡単にユーザの視点に入り込んでもらうことができる。ワークショップや報告会などでこの映像を活用することで、会社全体の意思決定に大きな影響を及ぼす可能性もある。

さらに、近年研究が進んでいるVR技術を使えば、より深くユーザの中に入り込めるのではないかと期待されている。VRは360度の映像を体感できるため、もしユーザにVRカメラを取り付けた映像を見れば、あたかもユーザと同じ状況に置かれ、同じように動き回っているかのような感覚を体験できるだろう。これに関する実験も始まっており、クリス・ミルク氏のグループは、シリア難民の少女の暮らしをVRで撮影し、その映像をダボス会議に持参して各国の首脳に「体感」してもらったという。(*1)VRカメラによる360度の映像を使うことで、ユーザが置かれている状況に立って追体験することをさらに促し、経験を積んだインタビュアーでなくともユーザへの共感を促すことができる可能性がある。

図4:ユーザと全く同じ視点に立てる

(*1)The Chris Milk: How virtual reality can create the ultimate empathy machine | TED Talk | TED.com

個々の改善ノウハウだけでなく共感も必要

プロジェクトの対象となる企業活動の範囲が増えていくほど、知識を点で適用するだけでは限界が出てくる。サービス改善のプロジェクトでは、ユーザビリティの原則、スマホアプリの設計のコツなど、一定の知識やノウハウを繰り返し使うことができた。

しかし、サービスが成熟し、さらなる成長のために顧客ロイヤルティの向上や企業組織の顧客志向化などに対象が広がると、ユーザがたどる行動の多様性が大きくなり、厳密なルールの適用だけでは十分な効果が上がらなくなっていく。このようなプロジェクトでは、利用体験全体におけるユーザの心理の動きを肌で理解することが、暗黙の原理原則となっていくだろう。

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※本コラムに関連して以下のような課題・プロジェクトに対応可能です。

・顧客が自社サービスのどこに価値・ストレスを感じているか理解したい
・顧客視点で自社サービスを改善したい
・顧客ロイヤルティを高める要因を見つけたい

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  • 執筆者:宮坂祐
    (エグゼクティブマネージャ/エバンジェリスト)

    一橋大学法学部を卒業後、ビービット入社。金融、電機メーカー、メディア等の大手企業・ネット先進企業のウェブサイト改善・再構築に関するコンサルティングプロジェクトを多数手がけ、クライアントの成果向上に貢献。累計1000人超のユーザ行動観察調査の経験をもとに、近年は講演や執筆活動も実施。

  • 執筆者:大谷直也
    (コンサルタント)

    東京大学経済学部を卒業後、ビービット入社。人材、メディア、金融機関等のウェブサイト・デジタルサービス改善プロジェクトに携わった後、現在はテクノロジーとユーザ中心設計に関する調査・研究活動に従事。