ユーザのマルチデバイス利用行動を理解する:リアルタイム・エクスペリエンス・トラッキングとは?(前編)

スマートフォンやタブレット端末の普及に伴い、ビービットでもマルチデバイス対応に関するご相談をいただく機会が増えている。「オムニチャネル」という言葉も、昨年からウェブ業界をにぎわしている。しかし、ユーザのマルチデバイス利用行動をきちんと把握できている企業はまだ少ない。今回は、ユーザのマルチデバイス利用行動を正しく理解するための新手法、リアルタイム・エクスペリエンス・トラッキングをご紹介したい。

複雑化するユーザ行動、翻弄されるウェブ担当者

スマートフォンの普及はめざましく、2014年には普及率が40%を超えるとも言われている。多くのウェブサイトで、アクセス元の30-50%をスマートフォンが占めるようになっており、ユーザとのコミュニケーション戦略を考える上でユーザのマルチデバイス利用行動を把握することは、ウェブ担当者にとって喫緊の課題となっている。

いくつかのアクセス解析ツールや広告効果測定ツールでは、デバイスをまたいだユーザ行動の分析機能が提供され始めているが、設定・分析とも決して簡単ではなく、使いこなせているウェブ担当者はまだまだ少ない。加えて、PC・スマートフォン双方からアクセスしているユーザの割合が分かったところで、どのようにデバイスを使い分けているのか、なぜ使い分けているのかといった、コミュニケーション戦略を立てる上で肝となる情報は十分に得られない。

ユーザのマルチデバイス利用について、定量アンケートやグループインタビューでインプットを得ようとする試みも見られる。しかし、特にスマートフォンの利用は生活に溶け込んでおり、ユーザの記憶が必ずしもあてにならない。十分なユーザ理解のないまま、次々に登場する「マルチデバイス戦略」や「オムニチャネル・ソリューション」に翻弄されているウェブ担当者も多いのではないだろうか。

リアルタイムでのユーザ行動把握がマルチデバイス利用状況を理解する鍵

スマートフォンやタブレット端末は常に手近にあり、起動も不要であるため、PCに比べて情報収集に取り組む障壁が小さい。また、スマートフォンはFacebookやLINE、Twitterといったソーシャルメディアとの相性がよく、友人・知人からシェアされた情報を、そのときの気分で閲覧するという行動も多く見られる。

このような情報収集はあまり意識せずに行われており、正確に記憶しているユーザは少ない。そのため、アンケートやグループインタビューで、過去の記憶をたどりながらマルチデバイス利用状況を聞いても、実はリアルな行動は把握することは難しい。

ドイツの心理学者、ヘルマン・エビングハウスの忘却曲線は「人間の記憶は最初の1日で急激に失われる」ことを示唆している。この記事を読まれている方も、「先週1週間、スマートフォンをどのように利用したか/どんなサイトを見たか」という質問に正確に答えることができる方はほとんどいないのではないだろうか。

ユーザのマルチデバイス利用行動を把握するためには、ユーザが起こした行動リアルタイムに記録しておくことが鍵となる。

リアルタイム・エクスペリエンス・トラッキングでユーザ行動を正確に把握する

ビービットでは、ユーザのマルチデバイス・マルチメディアにまたがる行動を把握するために、リアルタイム・エクスペリエンス・トラッキング(Real time Experience Tracking: RET)という手法を用いている。

RETとは、その名の通り、ユーザの体験・行動をリアルタイムでトラッキング(追跡)する調査手法である。「追跡」と言っても、1日中、ユーザについて回るのではユーザにバイアスをかけてしまい、リアルな行動は把握しづらいし、コストもかかりすぎて現実的ではない。

そこで、ビービットではデジタル・コミュニケーションツールで独自にユーザとつながり、調査対象となるテーマに関して感じたこと/実際に行った行動をリアルタイムで発信してもらうことで、リアルな行動の追跡を行っている。送ってもらう内容はスマートフォンやPCといったデジタルデバイスでの情報収集に限定せず、TVや雑誌、街中で気になった看板や広告、友人・知人との会話内容など、対象テーマに関するあらゆる内容を含める。

発信してもらった内容はすべて記録した上で、特に重要と考えられる行動については、追加でユーザ行動観察調査(ユーザに普段行っている行動を自然な状況で再現してもらい、それを観察する調査手法)を実施して深掘りを行い、具体的な施策にまで落とし込んでいく。

RETでビジネスチャンスを見極める

リアルタイム・エクスペリエンス・トラッキング(RET)の利点は、正確にユーザ行動をトラッキングし、各デバイスの優先度やマルチデバイス戦略の検討に役立てられるだけではない。

デジタルデバイスでの情報収集に加えて、TV・雑誌などのリアルメディア、友人・知人とのやり取り、さらには感じたことまでを発信してもらうことで、マーケティングプロセス全体の改善や新たなビジネスチャンスの可能性を探ることもできる。

例えば、弊社で実施したビジネスマンに対するRET調査では、ユーザのマインドが仕事モードから休息モードに切り替わる様子が浮き彫りになった。オフィスの最寄駅では、ユーザの頭は「仕事モード」であり、英会話スクールや自己啓蒙書の広告が目についたという発信が目立った。しかし、自宅の最寄駅に近づくと、お酒やマンガの広告について発信する回数が目に見えて多くなったのである。もちろん、オフィス最寄駅のホームにも、お酒の広告が大きく掲載されていたにも関わらずである。

著者自身にも覚えがあるが、やはりオフィスの近くでは「しっかりしなくては」という気持ちが強くなる。いわば、「仕事」のマインドシェアが高い。そういう状態では、自然と「しっかりしなくては」というニーズに応える情報が入りやすい情報になるのである。これは、広告の出稿配分の最適化に寄与するデータとなる。

また、ある食材宅配サービスについて、自宅でどのように食材が利用されているか/どうすれば、より顧客満足度の高いサービスを提供できるかを明らかにするために実施したRET調査では、サービス解約率を大きく改善する示唆が得られた。

次回は、RETで得られる具体的なインプットや事例を詳しくご紹介したい。

執筆者:前田 俊幸
株式会社ビービット アクティングマネージャ
東京大学大学院 学際情報学府修了。ビービット入社後、大手製造業、通信、教育、金融など、幅広い業界のウェブサイト戦略・方針策定やリニューアルに携わる。また、UXに関する知識の啓蒙・普及のためのコミュニティを主宰し、ワークショップ・翻訳など多数実施。