「顧客価値戦略サミット2015」レポート 【第2部:トヨタ自動車様トークセッション】

今回のコラムは「顧客価値戦略サミット2015」の第2部、トヨタ店営業部部長・木村氏をお招きしたトークセッション「トヨタに関わる皆が幸せになるための仕組みづくり」の概要をレポート致します。

「トヨタに関わる人全員が幸せになるための仕組み」を目指して

トヨタ自動車で国内販売会社への方針提案及びバックアップをご担当されているトヨタ店営業部部長・木村氏は、縮小が続く国内自動車市場において「トヨタに関わる人全員が幸せになる仕組み」の実現を目指されています。

具体的には、新車販売に特化した事業モデルから、アフターマーケットやU-car(中古車)を含めた「顧客生涯価値」に注目した事業モデルへの転換を提唱し、お客様にとっての価値を測るための指標としてNPS(ネットプロモータースコア)(注1)を販売店に導入するなどの活動に取り組まれています。

縮小が続く市場で事業運営を行っていく上で顧客志向が持つ意義や、売上追求と顧客志向は両立しうるものなのかに関して、木村氏の率直なお考えをお伺いしました。

縮小市場での経営には、「たくさん」から「ずっと」への転換が必然

宮坂(ビービットエバンジェリスト):「木村様はトヨタ店が今後目指すべき方向性として、「たくさん」から「ずっと」へ、というコンセプトをお持ちだとお伺いしました。なぜこのようなコンセプトを持たれるようになったのでしょうか?」

木村氏(トヨタ店営業部部長):「トヨタはメーカーなので、たくさん作ってたくさん売るのは常識です。私自身もそう思っていたのですが、15年ほど前、ある上司から『君の仕事はたくさん売ることではなくて、トヨタに関わる人を幸せにする仕事だよ』と言われたんですね。私が考える販促キャンペーンは現場の販売店の人が幸せに働けるかどうかを左右するのだと。それ以来、『現場の販売店で働く人々を含めて、トヨタに関わる皆を幸せにすること』をテーマに仕事に取り組むようになりました。」

「ただ、現在の新車の販売台数はバブル期の半分になっています。新車がたくさん売れて、販売店の数が増えて、いつかは店長になれる。それが販売店で働く人の幸せだとしたら、今の時代には、彼らの喜びはもうこれ以上増えないことになってしまいます。そう考えて悩んでいたときに、ある大学の先生から『量が増えなかったら幸せになれない、というのはおかしい』と指摘されました。」

「例えば町のレストランで考えてみると、味の質にこだわって小さい規模を維持しているお店と、チェーン展開して店舗数を増やし"レストラン事業"を営んでいるお店の両方があります。そして、量を追わない前者のお店の人たちにも、もちろん夢や希望がある。マーケットが縮んでいく状況の中でも夢を描くことができるのです。」

「実際、現場の人に仕事をする中でどんな時が幸せかと聞いてみると、お客様の笑顔を見た時らしいんですね。ここから、新車販売の台数を追う「たくさん」から、一人ひとりのお客様との関係を深めていく「ずっと」という考え方が生まれてきました。」

日本国内でのビジネスは、世界に先駆けて課題を解くチャンス

宮坂:「「たくさん」から「ずっと」というのは、もう「たくさん」は売れないから仕方なく「ずっと」を追う、という諦めとは何が違うのでしょうか?」

木村氏:「自動車ビジネスにおいては、日本は超成熟市場です。アメリカやヨーロッパも、市場規模は拡大していませんが、減少もしていません。市場が縮小していく中で、どうビジネスを持続させていくか、という課題に直面しているのは日本だけです。」

「そして、いずれは世界の他の国々も同じ課題に直面するようになります。その課題を先駆けて解きにいき、知見をためておくことが、日本国内での販売を担当する我々の部署の役目だと考えています。」

お客様にとって「不満がない」ではなく「一番嬉しい瞬間」を目指す

宮坂:「ただ、私自身も自社の営業部長を担当しているのですが、営業の現場では「たくさん」売ることが目標であり、それが営業マンとしてのやりがいだったりもします。「たくさん」から「ずっと」への転換はどのように進められているのでしょうか?」

木村氏:「トヨタ店営業部を去年から担当するようになり、初めて全国の販売店と直接対面するようになったのですが、そこで分かったのは、たくさん売っている販売店は元気で、売上よりもお客様との関係が重要だと言っているお店はあまり元気がないということでした。それまで私は『お客様が満足していれば、自然と買ってくれるはずだ』という想定のもと、「ずっと」を目指していたのですが、現実は違うのかもしれないな、と思いました。」

「そこで改めてお客様の視点から考えてみると、お客様にとって一番嬉しいのは、やっぱり新しい車に乗れた瞬間です。長い関係が続いているとしても、車検を受けているだけで嬉しいと思うお客さんは少ない。お客様に車を乗り換えて頂くことは、車を売る販売店だけでなく、お客様にとっても喜びなのです。」

「つまり大事なのは、「ずっと」の関係性を続ける中で、いかにお客様に車を乗り換えて頂き、結果としての売上を増やしていくか。お客様の喜びが新陳代謝されている状態をいかに作るか、ということなんですね。」

喜びの新陳代謝が測れる指標は、満足度ではなくNPS

木村氏:「市場が縮んで車が売れなくなってくるにつれ、たとえ車を買ってくれなくても、お客様に満足してもらい、車検に入ってもらえればそれで良い、という販売店が増えてきました。ただ、それだと販売店の利益は上がらず、徐々に経営が悪化し、元気がなくなってしまいます。」

「つまり、「ずっと」を重視するお店では、お客様に対して無理に営業したら、お客様との関係性を損ねてしまうのではないか、お客様を不快にさせてしまうのではないか、と思ってなかなか提案ができていなかった。しかし、それだと喜びの新陳代謝を行うことはできないのです。」

「今年、一部の店舗にNPSを導入して顧客ロイヤルティに関する分析を行ったのですが、その結果からも『お客様に対してきちんと提案を行うこと』がNPS向上のために重要ということが分かりました。提案を行わないと喜びが新陳代謝されず、NPSも上がっていかないということがデータで示され、「ずっと」だけではなぜ不十分なのかを整理することができました。」

「これまでも顧客満足度調査は長い間行ってきたのですが、お客様の満足・不満を見ているだけでは、このようなインプットを得ることはできませんでした。納得感のある分析結果が出たことで、NPSへの信頼が高まり、来年からは全国展開を予定しています。」

「ずっと」=車を理解し、好きになって、買ってもらうこと

木村氏:「自動車メーカーとしては、良い車を作ることを追求しています。そうやって作った車なので『今日この場で買ってくれたら安くしますよ』と売るのではなく、『この車、すごいでしょ』と車の素晴らしさを説明して売って頂きたいのです。」

「「たくさん」を追っていると、車の良さをきちんと説明するのよりも、無理をして売り込んでしまいがちになります。例えば、ハイブリッド車などで使われる回生ブレーキは、ブレーキを踏んだ時に少し変わった音がします。お客様が試乗した際に、営業マンがこの音を「故障じゃないので安心してください」と説明するのと、『今までは捨てるだけだった熱エネルギーをちゃんと活用している音なんです』と説明するのでは、お客様の車に対する理解が異なってきます。」

「お客様に車のことを理解してもらい、好きになってもらって、結果として買ってもらう、という流れを作っていきたい。それが我々が目指すべき「ずっと」だと考えています。」

「ただ、実は今月は、年間販売目標の締月。正直なことを言うと、今日は一台でも多く、というのが本心で、整合性は取れていません(会場笑)。ただ、目標を設定したらそれを達成しないと活力が落ちてしまいます。少し無理をしたら達成できるレベルであれば、無理する方を取った方が良い。一度決めた売上目標はきちんと達成することで、企業の活力が生まれて、結果的に高邁な理想の追求も可能になると思います。」

志を持ち、それを諦めずに大切にする

宮坂:「最後に顧客志向を志す会場の皆さんにメッセージをお願いします。」

木村氏:「そんなに偉そうなことは言えないのですが、志を持ってそれを諦めずに毎日大切にすること、ですかね。」

「あとは、色々な人に会うようにしています。志があっても、自分一人でできることは限られています。人に会った時に志を口に出しておくと、それまで知らなかった情報を教えてもらえたりして、自分がやりたいことに近づいていけます。販売店とのやりとりの中でも、こういう志の話をするようにしています。」

第2部を終えて

縮小に向かう日本市場において、自社に関わる人々が幸せになれる仕組みを作るにはどうしたら良いかを真摯に考え、実践されていらっしゃる木村氏。

参加者の方からは、「たくさんとずっとは対立概念ではない」「お客様の幸せを新陳代謝させていく」といった独特のフレーズが印象に残ったという声が多く寄せられました。顧客満足を追求するあまり、顧客との間に踏み込んだ関係を作りづらくなっているという発見は、他の企業にも当てはまるのではないでしょうか。

※顧客価値戦略サミット第1部・ビービット講演のレポートはこちら
「顧客価値戦略サミット2015」レポート【第1部:ビービット講演】

※顧客価値戦略サミット第3部・ソニー損保CXデザイン部部長片岡氏のトークセッションレポートはこちら
「顧客価値戦略サミット2015」レポート【第3部:ソニー損保様トークセッション】

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注1)NPSは、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。

  • 執筆者:肥後 真

    株式会社ビービット コンサルタント
    京都大学総合人間学部卒業