生活に溶け込むのは「透明なAI」

近年、AIによって日常生活を効率化させる製品が増え始めているが、AIを中心とした生活は時として人間に余計なストレスをもたらしてしまうこともある。人間とAIがちょうど良い関係を作るためには、むしろAIが人間の意識にのぼらない状態を目指す方が良い。

2016年8月16日

家庭用ロボットを欲しいと思えなかった話

この春に、最新のAIを搭載したアメリカ企業の家庭用ロボットの紹介を聞く機会があった。ロボットは卓上スピーカー程度の大きさで、最新鋭の顔認識・感情認識センサーと自然言語処理機能が搭載されている。日常会話はもちろん、好みを学習してデリバリーのレコメンドをしたり、家族の笑顔の写真を撮影したりする機能があり、家庭の様々なシーンで使えるとのことだった。

このロボットについてどう思うだろうか?残念ながら私は全く欲しいと思えなかった。それは「このロボットを家に迎えるのは手間だ」と思ったからである。私の場合、デリバリーは自分で気まぐれに決めた方が楽だし、メッセージや電話も使い慣れたスマホの方がいい。ロボットを買うお金のもとを取るためには、今自分が快適だと思っているライフスタイルを大きく変え、ロボットに気を遣った生活にしなければいけないと感じてしまったのである。

このロボットのように、近年「AI搭載」を大きくうたい、人間の日常生活をよりスマートで効率的なものに変えようとする製品が構想されるようになりつつある。ここでいうAIとは、日常生活における特定のタスクにおいて、ユーザの行動を学習して対応パターンを増やしていくというものが多い。

しかし、「AIが搭載された先進的な製品」というだけで、世の中への普及が劇的に進むわけではない。日常生活に溶け込むようなAIを作るためには、「人間の生活を変える」ことではなく、「今の生活に違和感なくフィットする」ことを考える必要があるのではないだろうか。

AIは生活にストレスをもたらしうる

「AIのある生活」と聞いたとき、どのようなAIを思い浮かべるだろうか?SF小説や映画などでよく出てくるのは、AIが自律的に最適な意思決定をし、人間の生活を楽にするというものである。例えば毎日の料理でいえば、AIがカロリー計算にもとづいて献立を決め、主人の味の好みを記憶して最適な調理法で食事を作り、ベストなタイミングで主人を呼ぶ。

このように、AIを生活の中心に据えることで、人間の思考の手間をなくすという考え方は長年にわたって存在し続け、そのような考え方に基づいた製品のアイデアも増えつつある。

しかし、このようなAIは本当に人間の生活を楽にしてくれるだろうか?AIが中心となって生活を合理化しようとすると、かえって様々なストレスが生じてしまいうる。

□余計な情報処理をしなければいけなくなる

AIがブザーや人工音声で何かを知らせてきたとき、人間はそれがどのAIのものか聞き取り、意味を解釈しなければいけない。

これがやかんのお湯が沸いた音などのように自然界の現象に基づく音であれば、これまで生きてきた中でその音を学習し簡単に区別できる。しかし、AIが出す人工的な音や言葉は、他の家電や機械が出す音と区別することが難しい。仮にどのAIの音かわかったとしても、音の高さや言葉とそれらの意味とを、頭の中で紐付けなければいけない。AIによって、人間の側が余計な学習をする必要が生じてしまうのである。

□人間とAIは言葉のプロトコルが異なる

AIと人間の最大の違いは、コミュニケーションの方法にある。人間のコミュニケーションは、言葉上の意味だけではなく、互いに暗黙の文脈を共有することで行われる。例えば「しっかり食べたいね」とだけ発言したとしても、それが「カロリーの高いものを食べたい」ということか「栄養バランスが良いものを食べたい」のか、文脈を共有する相手であれば理解できる。しかし、AIがそれだけ聞いたとしても、その奥の意味まではわからない。

人間はコミュニケーションの背後で文脈を共有しているため、曖昧な言葉遣いでも意思疎通ができるが、AIは論理的なプログラムのもとでインタラクションを解釈することしかできないため、その裏の複雑な文脈をわずかな言葉から類推することは非常に難しい。そのため、人間とAIが積極的にコミュニケーションを取らなければいけなくなると、人間の側がAIのためにいちいち言葉をつけ加えたり設定を変えたりという気遣いをしなければならなくなる。

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図1:AIと普通に会話するのは難しい

このように、AIが前面に出て人間にインタラクションを強いると、かえって人間の側に余計な労力がかかってしまう。最初の物珍しさだけが先行し、慣れるまでに時間がかかるのである。

現に、ユーザもそのことに気づきつつある。例えば今話題になっているスマートホームも、アメリカでの調査によれば欲しいと答えた人はわずか9%しかいない。[1]エネルギー効率だけでいえば普通の家電でも十分な性能があるなか、わざわざスマートホームに変えて今の生活を変える労力を負いたくないと考えているのである。

では、AIが日常生活に溶け込むためには、何が求められているのだろうか。

[1] Igniting Growth in Consumer Technology | Accenture

AIは「消える」べき

日常生活に根付くAIは、人間の意識から「消えている」ことが多い。例えば、Google検索や経路案内、スマートフォンの音声認識などを考えてみよう。普段当たり前に使っているが、それらがAIの一種であると意識したことがあるだろうか?

膨大なパターンの記憶にもとづき、ユーザのインプットを適切に解釈し、最適なアウトプットを返すという点では、最初に出したロボットの例と変わらない。しかし、これらがAIとして特別視されることはほとんどない。サービスの利用体験がユーザの日常生活から浮くことなく、違和感なく接合しているため、もはや特別なものと思われることもなく、人々の意識にのぼることがない。

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図2:検索や経路案内も一種のAI

このように、テクノロジーがユーザの生活に完全に浸透した状態を「テクノロジーが透明になった」という。テクノロジーを透明にするためにはいくつかの要因があるが、その中でも重要なものは、ユーザが困難や違和感を持たず、特別な意識をしなくても使いこなせるようなスムーズな利用体験を設計することである。

これは、新しいテクノロジーが世の中に溶け込んでいくための重要な条件の一つでもある。いくら革新的なテクノロジーでも、使うときにいちいち頭をフル回転させ、神経を使わなければいけないのでは、かえって労力が増してしまう。それが続く限り、ほとんどの人は今までのテクノロジーで十分と思ってしまうだろう。

では、AIにおける「透明」とは何だろうか。それはユーザの今の生活リズムをねじ曲げることなく、その奥に眠る潜在的な手間やストレスを影から解消していくことではないかと考えられる。

AIの「透明な体験設計」の例:Nest

AIを日常生活に溶けこませるために良い体験設計をしている例として、Nestを見てみよう。Nestはサーモスタットを自律的にコントロールするAIである。設置すると、生活パターンに合わせて自動で温度調整をするようになり、光熱費の消費を最小限に抑えてくれる。スマートホームという単語が普及する以前の2014年に、Googleに買収されたことでも話題になった。

Nestの巧みな点は、ユーザの生活に溶け込みやすいように設計されていることだと考えられる。Nestの設置には30分もかからない。また、数日間温度を自分で調整して覚えこませれば、あとは何もしなくても勝手に温度調整を始めてくれる。さらに、Nestが自動で温度調整を始めて以降も、ユーザはアプリを使い、家の外からでも手動で温度設定ができる。急な来客がある日など生活パターンがいつもと違う場合でも、AIの温度調整を簡単に修正できる。もちろんこれらを簡単に行えることには、Nest本体やアプリのインターフェースの質が高いという背景がある。

ユーザにとっては、サーモスタットの温度を設定してから実際に快適になるまで待つ時間が潜在的なストレスになっている。しかし、だからといって温度調整のコントロールを完全に手放したいとも思っておらず、自分で簡単に変えられる余地は残しておきたい。Nestはこれらを理解し、ユーザとちょうどよい関係を結ぶように体験設計がなされた例だと考えられる。

Nest_app.png

図3:Nestは自分でも簡単に調整可能
NestのYoutube動画より)

AIの体験設計に必要なもの

AIを使ってこのような体験設計をするためには、どのようなことを考えればよいだろうか。

□生活を理解しあるべき関係性を探る

AIが日常生活に浸透することにより、今まであって当然と思われてきた小さなストレスが、解消可能なものとして位置づけられるようになっていくだろう。しかし、ユーザは生活における非効率的なこと全てを解消したいとは思っていない。AIがユーザの生活に踏み込みすぎると、最初に述べたように人間の側が余計な気遣いやストレスを抱えることになってしまう。

それを防ぐためには、ユーザにとって何が潜在的なストレスであり、何が単に非効率を楽しんでいるだけなのか、その微妙な線引きを理解しなければいけないだろう。AIの体験設計にこそ、これまで以上に繊細なユーザ理解が求められる。

□AIの決定を簡単に修正できるようにする

AIの合理的な判断は、必ずしも人間にとって良いものとは限らない。しかし、それを毎回手間のかかるインタラクションを通じて修正しなければならない場合、人間の側に大きな労力を強いることになる。Nestアプリのように、普段は自律的に動くAIに任せておきつつも、どうしても容認できないときはボタンやスイッチなどで瞬時に自分の思う通りに判断を変えられるような工夫を残しておくのが丁度良いだろう。

未来の生活よりも今の生活

一部のイノベーターやテクノロジーが大好きな人をのぞき、多くのユーザは「テクノロジーの力で未来の生活を手に入れたい」とは思っていない。彼らは「今快適な生活を送りたい」と思っているだけであり、未来の生活を手に入れるのにハードルがあると感じてしまえば、それに見向きもしなくなる。これら多くのユーザの心をつかむためには、AIが主役となって生活を劇的に変えようとするのではなく、目立たないところで今の生活の潜在的なストレスを解消していくことが求められる。

先ほど紹介したNestも、単独ではまだスマートホーム市場を劇的に大きくすることができているわけではない。家庭用AIの市場の行方は、これから登場するプロダクトの体験設計にかかっている。そしてそこにこそ、AIと人間が良い関係を作っていくための一つの答えが隠れているのではないだろうか。

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執筆者:大谷直也
(コンサルタント)
東京大学経済学部を卒業後、ビービット入社。人材、メディア、金融機関等のウェブサイト・デジタルサービス改善プロジェクトに携わった後、現在はテクノロジーとユーザ中心設計に関する調査・研究活動に従事。

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実績

  • リクルートライフスタイル

    会計業務を支える無料クラウドレジアプリ「Airレジ」のユーザを深く理解するために、実際の店舗における利用状況調査および検討状況下におけるユーザ行動観察調査を実施。

  • 日本経済新聞社(「日本経済新聞 for iPad」)

    iPadアプリ「日本経済新聞 for iPad」の開発に際し、モックアップを利用したユーザ行動観察調査を実施。そこから得られた改善点を実際の開発に反映した。

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