デジタルを活用した金融機関の顧客関係強化

IT企業が金融サービスに進出し始めた今、大手金融機関でもデジタルを活用して顧客関係を築くことの重要性に気づきつつある。金融機関がユーザの日常生活を支える「Everyday Bank」となるためのポイントを、事例とともに解説する。

2016年2月25日

デジタルによる顧客関係強化の重要性

デジタルマーケティングは、もはや新規獲得のためだけのものではない。金融機関を中心とした多くの企業は、これまでメールやウェブ広告など、新たな契約をつかむことを主な目的としてデジタルを活用してきた。しかし、その獲得した顧客とのその後の関係については、気を配ることができているだろうか。

顧客の新規獲得は、今後より難しくなっていくと考えられている。今や多くの企業がデジタルを活用したマーケティングに励んでいるため、ツールのみによる獲得施策を行っても他社と似てしまいやすく、ユーザを獲得するうえで優位に立ちにくい。加えて、インターネットを使って多くの情報を比較できるようになったことで、ユーザのニーズが細分化され、企業への評判も一瞬で広まるようになった。そのため、既に獲得したユーザとの関係を深めることが、重要なマーケティング戦略として注目され始めている。

生活全体をサポートするEveryday Bankへ

さらに、金融機関にとって強力な競合が新たに生まれつつある。Fintechの潮流が広まるにつれて、AmazonやGoogleを始めとした、金融機関ではないIT企業がウェブサイトやアプリでの金融サービスを提供する例が増えているのである。

これらのIT企業の最大の強みは、ユーザにとって真に使いやすいサービス設計のノウハウであり、それによる顧客関係の強化も得意である。そのため、ユーザにストレスを与えている金融機関は、たとえリピーターであっても顧客を奪われてしまいやすくなるだろう。その影響は大きく、アメリカではこれらの勢力によって、既存の金融機関の売上の30%以上が2020年までに失われうるといわれている。 [1]

これらと競争していこうとすれば、金融機関は「特別な場合にしか使わない縁遠い存在」のままでいることはできない。これからの金融機関には、利用のハードルを下げ、ユーザの日常生活全体をサポートするという役割が求められつつある。アクセンチュアではこれを「Everyday Bank」と定義し、ユーザの多様なニーズに応えていくことで、長期的な関係を作っていくべきと論じている。 [2]

[1] The Millenial Disruption Index
[2] The Banking Distribution and Marketing Revolution | Accenture

デジタルマーケティングの活用事例

では、Everyday Bankを目指すために、具体的にどのような方法があるだろうか。顧客との関係強化のためのデジタル活用には、大きく以下の2つの方向性がある。

  1. 金融サービス利用時の体験を効率化する
  2. 金融とは直接関係のない日常生活に伴走する

それぞれを見ていこう。

1: サービス利用時の体験を効率化する

主に送金や資産管理など、金融サービスを利用する際の体験を効率化していくものである。デジタルでは、利用時にストレスが貯まったユーザは、その後の利用をやめてしまいやすい。しかし、ユーザ理解をもとにテクノロジーを上手に使うことで、これまでの制約に縛られない柔軟な利用体験を作ることができる。いくつか事例を見てみよう。

Barclays Pingit / bPay

イギリスの金融機関であるBarclaysは、送金や支払いを効率化するデジタル端末を開発している。Pingitというアプリでは、口座情報や暗証番号なしで、相手の電話番号やTwitterアカウントなどを指定するだけで送金ができる。また、提携した法人や公共機関への支払いにも利用できるため、バスの切符をPingitで買うことなども可能である。Pingitは2015年の時点でユーザが270万人を超えている。 [3]

また、その後リリースされたbPayは、対面での買い物の際に使える端末である。専用のリーダーにbPayをかざすだけで、銀行口座から支払いが完了する。bPayは、リストバンド、キーホルダー、ステッカーの3タイプがあり、特にステッカーは好きなものに貼り付けて電子ウォレットにすることが可能である。

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図1:ウェアラブルタイプのbPay(bPayプロモーション動画より)

デジタル決済ができる端末は近年増えているが、中には使い方が複雑で、かえって手間がかかってしまうものも少なくない。その点Barclaysの端末は、現金やカードを利用する際のユーザの手間をよく理解し、その手間をできる限りなくすように設計されているため、多くのユーザに受け入れられていると考えられる。

Ally ウェブサイトリニューアル

Barclaysのように新しいデジタル端末を開発するのは難しいと感じたかもしれない。しかし、たとえ単なるウェブサイトリニューアルであっても、綿密なユーザ理解に基づいて行うことで、顧客との関係を深めることができる。

オンライン専業銀行であるAllyは、2015年3月にウェブサイトをリニューアルした。彼らは、ユーザの利用体験をより良くすることを第一に掲げ、Googleなど金融以外のウェブサービスを参考にしたり、ユーザインタビューをもとにペルソナを作ったりするなどして、ユーザの視点を保ちながら作業を進めていった。

その結果完成したサイトでは、新しく導入されたテクノロジーや機能の多くが、利用体験の向上に大きく貢献している。[4]例えば、より高度なセキュリティ技術の導入により、ログインが二重から一重に減った。また、複数アカウントを持っている場合、ログインし直すことなく、簡単に全ての資産状況を確認できるようにした。さらに、CD(譲渡性預金)という投資商品の管理ページでは、金利が上がったら通知が届き、その場で運用金利を上げられるようにもなった。

Allyでは、2015年は前年より顧客数・預金額ともに16%増加という好業績をあげた[5]が、それにはウェブサイトリニューアルの成功も大きく貢献していると考えられる。

2: 毎日の生活に伴走する

金融機関が直接利用されないようなシーンにおいてサービスを提供するものである。一見すると必要のない接点にも見えるが、金融との関わりが全くないわけではない。特に保険やローン等の場合、普段ユーザの意識にのぼりにくいだけで、実際の検討や利用は長期間に及ぶ。そのため、適切なサービスを提供すれば、ユーザにその金融機関を利用するメリットを感じてもらう余地があると考えられる。

Alliantz Ma securite

フランスの保険会社AlliantzのMa securiteアプリは、自分の情報を入力することで、パーソナライズされた生活ガイドを作ることができるアプリである。事故や犯罪などに遭わないようにするための具体的なアドバイスが、ユーザが登録した生活環境や一日の過ごし方に合わせて表示される。また、このアプリを使うことで、災害が起きたときの避難用荷物に入れるべきものも決めることができる。

このサービスは保険と直接関係するものではないが、Alliantzが万一のときだけでなく日頃からユーザの生活を守ろうとしているという印象を与えることができるだろう。

John Hancock Financial Vitality Program

アメリカの医療保険会社のJohn Hancock Financialが行っているVitality Programでは、登録したユーザにウェアラブル端末を渡す。ユーザがウェアラブル端末をつけて運動すると、毎日の運動データが取得される。そして、運動量が目標を超えると、ポイントが貯まり、保険料の割引に使うすることができる。

このサービスのメリットは、ユーザにとって保険料が安くなるというだけでない。保険会社としても、ユーザの健康を日頃から支えているという信頼感を築けるうえ、ユーザが運動をして健康になることで保険の適用が減り、結果的に収益を増やすこともできる。

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図2:ウェアラブルで運動量を測定する(Vitality Programプロモーション動画より)

[3] Barclays Pingit users can pay to park with Parkonomy | BT
[4] How Ally Bank Unified The Online, Mobile & Tablet Experience
[5] Ally Financial Reports Full Year and Fourth Quarter 2015 Financial Results | PR Newswire

デジタルと人間を組み合わせた顧客関係強化

ここまで、人間に代わりデジタルによって顧客との関係を築く事例を紹介してきた。とはいえ、これまでのアナログチャネル全てをデジタルに置き換えるだけでは、競争に勝てないこともある。デジタル領域での技術進歩や競争は激しく、技術がすぐに陳腐化しやすい。また、自分が抱えている課題が難しいとユーザは、デジタルツールを使って自力で処理することに不安を感じることもある。

デジタルだけでは限界が見える場合は、人間の力も柔軟に使うべきだろう。一番の目的はコストダウンではなく、あくまで良い顧客関係を作ることである。より良い関係強化につながるのであれば、既存チャネルとデジタルを併用し、ユーザをうまくリレーさせる方が、結果的に大きな成果となることもある。

UMB Bank: 店舗でのセルフサービス活用促進

アメリカのUMB Bankでは、デジタル化の流れに対応し、WebサイトやATMから自分で操作して取引できるセルフサービスを多く導入している。しかし、デジタルに慣れた若年層を含め、何かあったときは店舗で相談したいというニーズは根強く、対応コストの削減と顧客関係強化のバランスをどのように取るかが課題だった。

そこで、店舗においてユーザをセルフサービスへと無理なく誘導するための施策が取られた。まず、Digital Geniusという教育プラットフォームを儲け、行員が顧客に対し、セルフサービスの使い方を1対1で教える無料のレクチャーを開始した。これは大きな効果を上げた。レクチャーを受けたユーザのうち、80%が3つ以上のセルフサービスを使うようになったうえ、32%がそれを機にクロスセルに至ったのである。 [6]

さらに、より複雑な手続きについても、店舗にビデオルームを設置し、担当者が店舗にいない場合でも対応できるようにした。難しいタスクはモニターの向こうにいる行員が代行するうえ、ビデオルームにはタブレットやプリンターなどが置かれており、手続きが部屋の中だけで全て完結するようにした。このビデオルームでは、2014年前半までに500以上の取引が完了し、150時間以上の対応時間を節約することができた。 [7]

[6] UMB Bank Helps Customers Get Comfortable with Digital | Bank Systems & Technology
[7] The Next Generation of Checking - Money Mobility

デジタルを活用した顧客関係強化のポイント

ここまでの事例をふまえると、デジタルチャネルを使った顧客関係強化に必要なことは大きく2つある。

サービス利用時のみにとどまらず、その前後も含めた最適な利用体験を作る

よくある失敗例は、「どのような機能を入れるか」から先に考えてしまい、ユーザにとって特に便利でないものを作ってしまうことである。「どのような機能や技術がついているか」はユーザにとって本質的な問いではない。重要なのは「その機能で自分の生活が便利・安心なものになるか」である。

サービス利用時の体験はもちろん大事だが、それだけに気を取られると、コンセプトが的外れになりやすい。ユーザが生活の中でどのようなときにサービスを使っているのか、それをどれほど意識しているのかについて理解し、ユーザにより大きなメリットを感じてもらう方法を考えることが必要となる。

デジタルチャネルに対する人間の役割を定義する

UMB Bankの例で見たように、全てをデジタルチャネルに置き換えるのが最善とは限らない。しかし、ここで重要となるのは、人間とデジタルの役割を明確に区別することである。この区別があいまいなままでは、コスト削減の効果が薄くなる。例えば店舗スタッフが「自分で全て案内した方が速い」などと考えて、過剰な接客時間を取ってしまうこともある。

適切なユーザビリティと利用体験が考慮されていることを前提とすれば、ソリューションが一定のパターンとなっているような手続きならばデジタルチャネルの方が速いことが多い。人間の力は、多くの要素が絡みあう複雑な問題解決のみに投下するのが理想的だろう。

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執筆者:宮坂祐
(エグゼクティブマネージャ/エバンジェリスト)
一橋大学法学部を卒業後、ビービット入社。金融、電機メーカー、メディア等の大手企業・ネット先進企業のウェブサイト改善・再構築に関するコンサルティングプロジェクトを多数手がけ、クライアントの成果向上に貢献。累計1000人超のユーザ行動観察調査の経験をもとに、近年は講演や執筆活動も実施。
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執筆者:大谷直也
(コンサルタント)
東京大学経済学部を卒業後、ビービット入社。人材、メディア、金融機関等のウェブサイト・デジタルサービス改善プロジェクトに携わった後、現在はテクノロジーとユーザ中心設計に関する調査・研究活動に従事。

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実績

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    外部環境の変化に伴い、既存のコミュニケーションでは新規会員獲得が難しくなっていた。これまでとは違うユーザのニーズを捉えたコミュニケーション方針を策定し、ウェブサイト経由の申し込み数108%を達成。

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