「カスタマーエクスペリエンス向上」における3つの間違い【顧客ロイヤルティコラム: 第6回】

顧客を捉える観点として注目されている「カスタマーエクスペリエンス」。「カスタマーエクスペリエンス向上」は、従来から取り組まれている「顧客理解」や「顧客価値の向上」と似たものとして捉えられがちだが、カスタマーエクスペリエンスという観点の新しさを活かすためには、既存の概念との違いを理解する必要がある。

2016年2月25日

カスタマーエクスペリエンス向上で犯しがちな過ち

前回のコラム「ロイヤルカスタマー創出に必要な「指標」と「観点」顧客ロイヤルティコラム: 第5回】の後半では、ロイヤルカスタマー創出に必要な観点として、「カスタマーエクスペリエンス(Customer Experience。略してCX。日本語では顧客体験価値とも呼ばれる)」を紹介した。

再掲すると、カスタマーエクスペリエンスの定義と特長は以下のように整理できる。

【カスタマーエクスペリエンスの定義】

顧客が企業との接触で体験したこと全ての加算的(※)、総合的な主観的評価

※ここでの加算的とは、それぞれの接触に対する評価が積み重なって最終的な評価が決まるということを示している。例えばウェブサイトへの満足度が高くても、契約手続きで不都合があれば、カスタマーエクスペリエンスの質は低くなってしまう

【カスタマーエクスペリエンスの特長】

経済が成熟した現在、製品・サービスやそれが提供する機能・スペックそのものでの差別化が難しくなる中で、

  • 店舗、製品パッケージ、店員の応対などを含めて、顧客と企業とのやり取りを一連の「流れ」として捉える
  • その流れの中での、顧客の評価・感情に注目する
カスタマーエクスペリエンス(CX)とは何か

カスタマーエクスペリエンスという概念は、特に顧客との接点を担う部署が細分化され、顧客体験の全体像が捉えにくくなっている大企業で注目を集めており、カスタマーエクスペリエンスの把握を目的にカスタマージャーニーマップの作成に取り組む企業が増えている。

しかし、カスタマーエクスペリエンスは馴染みの薄い概念であるため、その特長を十分に活かしきれていないケースもよく目にする。カスタマーエクスペリエンス向上にあたっては、以下の3つの間違いにご注意頂きたい。

  1. カスタマーエクスペリエンス向上は、企業視点の「おもてなし」ではない
  2. カスタマーエクスペリエンス向上は、個別接点の磨き上げではない
  3. カスタマーエクスペリエンス向上は、不満や課題を解消する活動ではない

【ポイント1】 カスタマーエクスペリエンス向上は、企業視点の「おもてなし」ではない

カスタマーエクスペリエンス向上は、顧客への「おもてなし」強化として捉えられていることがある。

ビジネスにおける「おもてなし」の定義は様々なものが存在しているが、「おもてなし」という言葉から想像されるのは、一般的に「一人ひとりの顧客に対する、現場スタッフの心のこもった対応」といったイメージだろう。

カスタマーエクスペリエンス向上を「おもてなし」強化として捉えると、現場スタッフに対する接客教育が施策として導出され、「お客様に対して共感を持つ」「お客様がより気持ちよく過ごせるように心がける」といった活動に現場が取り組むことになる。

たしかに「お客様への共感」などは、カスタマーエクスペリエンス向上を実現していく上での重要な一要素である。しかし、カスタマーエクスペリエンスは「企業との接触で体験したこと全てに対する顧客の主観的な評価」であるため、カスタマーエクスペリエンス向上において重要なのは「顧客は価値を感じているか」のはずである。

すなわち「顧客が何に価値を感じるのか」という理解が前提にあった上で、現場スタッフの教育に取り組まない限りは、現場スタッフの努力はカスタマーエクスペリエンス向上につながらない自己満足的なものになってしまう可能性がある。

現場スタッフは日々顧客と接しているため、顧客にとって何が価値なのかは改めて問うまでもないと思えるかもしれない。

たしかに、顧客の居心地を少し良くするようなアイディアがすぐに見つかることが多い。

しかし、競合との差別化要素となるような優れたカスタマーエクスペリエンスを設計できるレベルでの深い顧客理解は、日頃の接客経験のみから導き出すのは難しく、顧客にとって良かれと思って取り組んだ施策であっても、それが顧客にとっての価値からずれていれば却ってカスタマーエクスペリエンスを毀損してしまうリスクすらある。

例えば、とある企業ではサービス品質を上げる施策として顧客にトラブルがあった際には即座に訪問する「駆けつけサービス」を行っていた。地元密着の強みを活かし困っている状況に寄り添うことで、顧客から喜んでもらおうという施策であったが、顧客からの評価を調査すると、この「駆けつけサービス」は却って顧客の不満を招いていることが判明した。

その背景としては、駆けつけた先でどのような対応をすべきかが明確に定義されていなかったために顧客からは「何のために来たのか分からない」と思われてしまっていること、そもそも顧客は駆けつけサービスを必要としていないことなどであった。

このような失敗を避けるためには、カスタマーエクスペリエンス向上に取り組む際に、まずは顧客アンケートや行動観察・インタビュー調査などによって、顧客自身の行動・心理についてインプットを得るプロセスを取り入れることを強くおすすめする。大規模な顧客調査をするのは難しいという場合でも、顧客数人に対して、下記のような質問をしてみると良い。

  • 自社の商品・サービスを普段どのように使っているのか
  • 自社の商品・サービスについて価値を感じている点は何か
  • なぜ他社ではなく自社の商品・サービスを使っているのか

特に、普段の使い方については、インタビューだけでなく実際に使う様子を観察すると、顧客が企業側の想定とは違った行動を取っていることが分かり、自社の顧客にとっての価値を正しく理解するきっかけとなるだろう。

【ポイント2】カスタマーエクスペリエンス向上は、個別接点の磨き上げではない

「自社では顧客アンケートや顧客インタビューに基づいた改善を行っており、顧客視点は十分だ」という場合も注意が必要である。

その改善は、「接客」「配送」「製品」「ウェブサイト」「サポート」などの各接点への評価をもとに、担当部署に改善を指示するものではないだろうか。あるいは、顧客重視という全社スローガンのもと、各部署が自分たちの担当する接点について改善を行っていくものではないだろうか。

実のところ、カスタマーエクスペリエンスの課題の大半は、接点と接点の「つなぎ」で発生している。

例えば、あるアメリカの有料テレビ事業者のケースでは、顧客は個々のやり取りにはかなりの割合で満足していたにも関わらず、顧客のジャーニーが進むにつれて、主要顧客セグメントの平均満足度は40%近くも低下していた。( 『全体最適でタッチポイントを見なおせ』 ダイアモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー、2014年12月号)

個別の接点でのやり取りについては満足していても、「ウェブサイトから店舗」、「店舗からコールセンター」、「コールセンターから物流」といった異なるチャネル間の齟齬が、徐々に顧客の不満を蓄積していくのである。

部門最適化は企業経営にとっては好都合だが、カスタマーエクスペリエンス向上の観点からは弊害となることが多い。

企業側の対応部署が複数であっても、顧客側から見れば一つの企業であり、「部署が違うから対応できない」という論理は通用しない。

また、テクノロジーの進化に伴い、企業と顧客とのコミュニケーションチャネルは紙から電話、電話からデジタルへと移り変わってきたが、その変化への対応は部署ごとに進められることが多かった。結果、顧客からの申込みはスマートフォン経由が大部分を占めるにも関わらず、申込みを処理するシステムは紙時代という「つぎはぎ」状態になり、それがカスタマーエクスペリエンスの毀損につながっていることも多い。

現代の日本企業においては、顧客との個々の接点に大きな課題が発生していることはむしろ少ない。そのような状況下で競合との差別化を行っていくためには、部署や組織の壁を取り払い、企業全体として顧客にとっての価値を高めていく取り組みが必要となっている。

逆にいえば、従来「マーケティング」「営業」「サポート」のように部署ごとに分断されていた顧客を見る観点を、一人の顧客の行動として横串で捉えられることがカスタマーエクスペリエンスの新しさであり、価値だと言えるだろう。(カスタマーエクスペリエンスの詳細については 前回のコラム「ロイヤルカスタマー創出に必要な「指標」と「観点」顧客ロイヤルティコラム: 第5回】」をご参照頂きたい。)

接点間の「つなぎ」がカスタマーエクスペリエンスを毀損

【ポイント3】カスタマーエクスペリエンス向上は、不満や課題を解消する活動ではない

最後のポイントは、カスタマーエクスペリエンス向上を行う上での「ゴール」についてである。

従来の顧客満足度向上においては、VOC(Voice of Customer、表面化した顧客の声)をベースとした不満の発見と解消がその主な目的であった。カスタマーエクスペリエンス向上においても、発生している課題を見つけ、その要因を探り、改善策を実施する、というアプローチで臨もうとしていないだろうか。

もちろん、これらは重要な活動である。しかし、カスタマーエクスペリエンス向上のゴールが競合との差別化であり、顧客から選ばれ続けることであるとしたら、それだけでは不十分である。

従来通りの「課題の発見・解消アプローチ」は、取り組むべき課題がはっきりしている分、改善が容易である。言い換えれば、競合も追随しやすいということである。

一方、差別化のためには、マイナスをゼロにするだけでなく、ゼロをプラスに変えていく活動が必要になる。「プラス」が何なのかを決定するのは顧客のニーズと自社の強みであり、そこに目指すべき明確な答えはない。

これまでの顧客満足度向上活動が顧客の不満をつぶし、「問題のない水準」を目指すものだったのに対し、カスタマーエクスペリエンス向上活動は「顧客の期待を上回る水準」を目指すことで、ロイヤルカスタマーの創出につなげる活動であり、ロイヤルカスタマーの創出までつながるからこそ、企業成長につながる活動といえるのである。

企業成長とロイヤルティの関係の詳細は、過去のコラム「顧客満足が高いのに競合に勝てない理由とは?【顧客ロイヤルティコラム: 第1回】」もご参照いただきたい。

CS向上とCX向上の違い

まとめ:カスタマーエクスペリエンス向上のアプローチ

先述した3つの観点を踏まえると、カスタマーエクスペリエンス向上とは、以下の3つを満たす活動だと整理することができる。

  • 顧客を正しく理解した上で、
  • 自部署だけではなく、自社全体として、
  • 「問題ない水準」ではなく「期待を上回る水準」を目指す

ただ、カスタマーエクスペリエンス向上は新しい活動であり、「カスタマーエクスペリエンス向上はやった方がいいとは思うが、何から始めれば良いのか分からない」ということもあるだろう。

次回以降のコラムでは、カスタマーエクスペリエンスを向上させ、顧客ロイヤルティを高めていくための実践的な方法論について説明していく。

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執筆者:遠藤直紀
株式会社ビービット 代表取締役
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て2000年にビービットを設立。現在は、東京・台北・上海の3拠点にて顧客ロイヤルティ経営、およびユーザ中心のデジタルマーケティングを支援。共著書に『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』『ユーザ中心ウェブサイト戦略』。TED×Todai 2013にて「貢献志向の仕事」講演。ほか、講演・寄稿多数。横浜国立大学経営学部卒。

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