ロイヤルカスタマー創出のROIを考える【顧客ロイヤルティコラム: 第3回】

国内市場が縮小し、既存顧客の重要性が高まるにつれ、顧客ロイヤルティへの注目が高まっている。しかし、ロイヤルティと売上・利益の関係性が見えている企業は少なく、これがロイヤルティ創出活動の足止めになっている企業が多い。本コラムでは、ロイヤルカスタマー創出のROIを算出する方法を紹介する。

2016年1月12日

ロイヤルカスタマーが生み出す「ビシネスの好循環」

「顧客志向」「お客様中心」といった理念を掲げる企業は多いが、それらの理念は企業がビジネスを行っていく上でどのような役割を果たしているのだろうか。商品・サービスを顧客に提供し、売上・利益を向上させていく活動において、顧客志向がもたらす貢献を説明できる企業は少ない。

顧客志向は、ロイヤルティ(信頼や愛着)を持つ顧客、すなわち「ロイヤルカスタマー」を生み出す。

世界各地の企業を対象に、顧客ロイヤルティの分析やコンサルティングを行っているベイン&カンパニーによれば、ロイヤルティの高い顧客群はそれ以外の顧客群と比べ、以下の点で特徴的な行動を取ることが分かっている。(『ネット・プロモーター経営 顧客ロイヤルティ指標NPSで「利益ある成長」を実現する』フレッド・ライクヘルド+ロブ・マーキー著)

  • 継続率の増加
  • 値引きなしでの購入
  • 一人あたりの年間購入額の増加
  • 苦情対応や顧客獲得コストの低下
  • クチコミによる新規顧客の紹介

これらの行動が重なることによって、ロイヤルカスタマーが企業にもたらす収益は、他の顧客の数倍に達する。「2:8の法則」と言われる2割の顧客から8割の収益が生み出されるといった状況も、このような背景から生まれている。

また、ロイヤルカスタマーは収益以外の面でも企業に対して下記のような効果をもたらす。

  • 商品・サービス改善に役立つ建設的なフィードバックの提供
  • 社員の働きがい・貢献実感の向上による、高い社員満足度の実現

ロイヤルカスタマーは、ビジネスの好循環を生み出し、企業の中長期的な事業発展の支えとなるのである。

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ロイヤルカスタマー創出は「満足」水準では不十分

ビジネス発展の基盤となるロイヤルカスタマーだが、その創出は容易ではない。

その理由は、「顧客ロイヤルティ」と「顧客満足」との違いにある。ロイヤルカスタマーを生み出すためには顧客に対して「問題ない」レベルの体験だけなく、顧客の想定を超える「期待以上」の体験を提供することが求められるのである。(※ロイヤルティと満足の違いの詳細は、「顧客満足が高いのに競合に勝てない理由とは?【顧客ロイヤルティコラム: 第1回】」をご参照頂きたい)

自社の顧客のロイヤルティを高めようと思ったとき、通常思い浮かぶプロセスとしては、カスタマージャーニーマップの作成などによって現状の顧客の体験を可視化し、顧客が不満を感じていそうな箇所(ペインポイント)を見つけ、それを改善する、というものだろう。

しかし、このようなプロセスでは、顧客体験における課題をつぶしていくだけにとどまり、「問題ない」レベルの体験しか生み出せない。ロイヤルカスタマーの創出に必要な「期待以上」の体験には至れないのである。

顧客の期待を超えるためには、顧客が企業とのやり取りの中において「当たり前」「仕方ない」と思っている前提を覆すような、"大きな打ち手"が必要となる。

例えば、顧客ロイヤルティ向上活動に積極的なアメリカの証券会社 チャールズ・シュワブでは、顧客ロイヤルティ指標「NPS(ネットプロモータスコア)(注1)を10年間で68ポイント向上させることに成功したが、その背景には下記のような抜本的な施策を断行している。

  • 株、投信、債権投資等に関連した取引手数料の簡素化・引き下げ
  • 支店で小切手を受け取る際の手数用、請求書支払いに関連した手数料といった妨害手数料の撤廃
  • 年中無休・24時間の電話サービスの拡充

上記の施策はいずれも短期的には売上の減少やコストの増加につながるものであり、実施の意思決定を行うハードルは高い。チャールズ・シュワブの試算によれば、これらの施策の結果、一時的には年間で120億円もの収益減少になる見込みだった。(チャールズ・シュワブ資料より算出)

しかし、一時的な売上を減らしてでも顧客志向を追求するこのような施策は、たとえ思いついたとしても通常の企業では意思決定が難しいからこそ、顧客が証券会社に対して抱いている期待を大幅に上回ることができる。これらの施策はチャールズ・シュワブに対する顧客ロイヤルティを高め、最終的には当初の予想に反して、820億円の収益増加をもたらす結果となった。

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ロイヤルカスタマー創出活動の収益性を可視化する

とはいえ、大きな打ち手は、たとえ長期的には成果がもたらされるものだとしても、その分の投資も膨らむため、意思決定を行うのが難しい。結果的に、顧客ロイヤルティ向上活動は、コストをかけずにできる範囲にとどまり、成果も出にくいという構造に陥りがちである。顧客ロイヤルティ向上のために大きな打ち手を打つには、どうしたらよいのだろうか?

そのためには、まずは顧客のロイヤルティと収益を結びつける分析を行い、ロイヤルカスタマー創出活動によって見込まれる成果を可視化すると良い。分析といってもそれほど難しい手順は必要なく、以下の3つのステップで実施できる。

  1. 自社の既存顧客に対し、ロイヤルティを問うアンケート調査を実施する

    • ロイヤルティを計測する指標は「満足度」「推奨意向(NPS)」「継続意向」などがある
  2. アンケートに回答した顧客の収益性を示すデータを集める

    • 収益性を示すデータは「継続年数」「購入金額」「購入品目数」「知人・友人への紹介回数」などがある。自社のビジネスにおいて、収益に影響を与える適切な指標を選ぶ
    • 収益データが自社内にない場合は、1のアンケート内でこれらの情報もあわせて回答してもらう
  3. ロイヤルティを横軸、収益を縦軸において、顧客ごとの回答をプロットし、両者の相関係数を算出する

下記は、弊社が様々な業界の企業について、NPSを用いて顧客一人一人のロイヤルティと収益性の相関を分析したデータである。

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このような分析を行うことによって、ロイヤルティ向上によってもたらされる収益を予測できるようになる。

上のグラフはNPSをロイヤルティ指標として用いたケースだが、このようなデータがあることで例えばロイヤルティの低い「批判者」の20%を「中立者」に、「中立者」の20%をロイヤルティが高い「推奨者」に引き上げた場合に、継続率や購買品目数がどの程度向上し、どの程度の収益がもたらされるのかといった試算ができるようになる。

データによる証明だけでは納得感が薄いようであれば、NPSや収益指標の変動が比較できる前提を整えた上で、比較的コストをかけずに顧客ロイヤルティ向上施策案に試験的に取り組んでみると良い。ロイヤルティの変動と収益の変動が上記の分析データ通りであれば、分析への納得感も高まる。

あるロイヤルティ向上施策を実施しようとした場合、ロイヤルティ向上の結果もたらされる収益効果が予測できれば、一定の投資が必要な施策であっても実行しやすくなるだろう。

ロイヤルティ創出活動は優先度をつけて取り組む

また上記のデータがあれば、ロイヤルティ向上に優先して取り組むべき領域も判断しやすくなる。

ロイヤルティ向上に取り組み始めたばかりの企業の場合、顧客体験の中で発生している大小さまざまな不満が大量に見つかることが多く、これらの不満をすべて潰そうとすることは、工数的に難しい。

この場合、ロイヤルティが低い顧客が多いのか、ロイヤルティが高い顧客が多いのか、という顧客分布が分かれば、優先的に対処すべき領域を絞り込むことができる。

あるいは、ロイヤルティが中程度の「中立者」を「推奨者」に引き上げるのと、ロイヤルティが低い「批判者」を「中立者」に引き上げることの収益性へのインパクトを比較することで、優先領域を決めることも可能である。

企業における顧客志向の活動はしばしば「想い」先行で行われ、経済妥当性の裏付けがなされていることは少なかった。その結果、活動しているものの体系だった管理ができず非効率になっていたり、収益向上の観点から見れば効果が薄い領域にリソースを割いたりしてしまうケースも多い。

ロイヤルカスタマー創出は事業の中長期的発展の基盤となるものであり、だからこそ、きちんとROIを見極めた上で優先度の高い領域から取り組んでいくべき活動なのである。

では、顧客ロイヤルティを向上させ、ロイヤルカスタマーを生み出すためにはどうすれば良いのだろうか。次回の【顧客ロイヤルティコラム:第4回】では、ロイヤルカスタマーを生み出す活動がしばしば失敗する理由と、ロイヤルティ向上に欠かせない「カスタマーエクスペリエンス」について説明する。

注1)
NPSは、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。

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執筆者:遠藤直紀
株式会社ビービット 代表取締役
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て2000年にビービットを設立。現在は、東京・台北・上海の3拠点にて顧客ロイヤルティ経営、およびユーザ中心のデジタルマーケティングを支援。共著書に『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』『ユーザ中心ウェブサイト戦略』。TED×Todai 2013にて「貢献志向の仕事」講演。ほか、講演・寄稿多数。横浜国立大学経営学部卒。

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