Date : 2018

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01Thu.

アリババが見据える “OMO型UXとデザイン思考の未来形”

アフターデジタル

OMO

今回の投稿では、中国だけでなく世界で影響力を持つ大企業、アリババから学べる、新しいUX・デザイン志向からビジネスにつなげる彼らの方法論について、ご説明します。日本でも今後必要になってくる、「データエコシステム」を作るために、トップを走る彼らはどのようなことを考えているのでしょうか。 ビービット上海オフィスメンバーが直接、アリババ本拠地のある杭州に訪問し、ディスカッションを行った結果仕入れることができた、独自の情報です。お楽しみください。

中国企業の影響力を考える際、ペイメントを押さえる金融コングロマリット型プラットフォームとなったアリババとテンセントは当然外せません。この2強の下に、ほぼ全てのサービサーやメーカーが紐づいている構図になっており、良く「アリババ陣営」「テンセント陣営」といった言葉が使われます。 シェアリング自転車一つ取っても、Ofo(オッフォ)はアリババ陣営、Mobike(摩拝単車、モバイク)はテンセント陣営。デリバリーフードならアーラマ(饿了么、ウーラマ)はアリババ陣営、メイトゥアン(美団外売)はテンセント陣営。両者、包括的に生活を支援するエコシステムを形成し、顧客IDに紐づいたあらゆる行動データを保持し、様々な形でそのデータを活用しています。 以前、テンセントに訪問した際、非常に特徴的な言葉を聞きました。売上構成比におけるBtoB向けサービスの割合の話をしていると、彼らは「我々はエコシステムを作るのが得意ではないので、BtoB売上の割合が低い。」と言うのです。 中国2強であり、JD.comや美団さえ傘下に加える彼らが、「エコシステムを作るのが得意ではない」? テンセントとアリババの両方に訪問してみて、何故アリババがテンセントにそこまで言わしめるのか、理由が分かった気がしました。それは、アリババがエコシステム化を追求した結果、明確に「エコシステムを作るためのUX(User Experience)方法論」を持っているということです。逆にテンセントからは、直接的な質問をしてみても、よりボトムアップな方法論しか出てきませんでした。 この記事では、私がアリババにあるUED大学(UED = User Experience Design)の当時の学長から2017年12月時点で伺ったエコシステムを作るための方法論、「アリババの考えるUXの5段階 = Holistic Experience」について解説したいと思います。

アリババUEDチームのオフィス入り口

行動データ×エクスペリエンスの重視はデジタル社会のスタンダード

日本だとまだ、UXは「デジタルマーケティングの一部」くらいに認識している方もいらっしゃるので、何故UXを考えるチームがエコシステムの方法論にたどり着くのか、疑問に思われる方もいるかもしれません。まずはこれをご理解いただくために、中国のトップ企業が如何にユーザーエクスペリエンスを重視しているかを、社会変化の観点からご説明したいと思います。
もはや中国では、街での買い物、食事、移動などあらゆることがスマートフォン経由で行えるため、あらゆる行動はIDに紐づきオンラインデータ化されています。ほぼ「オフラインが存在しない」状態と言っても良いかもしれません。結果、顧客接点データが膨大になると、企業間の競争原理は「この接点ごとの行動データを使ってどのように良い体験を作り、接点間を移動させ、自社サービスのカスタマージャーニーへの顧客吸着度を高めるか」というものに変わってきます。
自らの経済圏への吸着度を高め、より包括的なデータ収集を行うという目的のためであれば、「体験価値が高くてユーザを大量に抱えている一方でまともにマネタイズされていない」といったサービスでも買い上げて自社経済圏に組み込みます。シェアリング自転車がその最たる例と言えます。
従来の商品販売中心のバリューチェーン型から、顧客に寄り添う体験中心のバリュージャーニー型に、主流となるビジネスモデルが変化しているのが見て取れます。この時代のビジネスにおいて「行動データとそれを処理するAIが重要」と考えてしまうケースをよく見ますが、彼らは「行動データ×エクスペリエンスが重要」と考えており、とにかくデータを使って、より良いサービスを作ることに心血を注いでいるのです。

toBとtoCをつなぐプラットフォームUX

さて、前置きはこの程度にして、私が教えてもらった内容をお伝えするパートに移りたいと思います。
2017年12月に訪問した際、私たちビービットは18年間エクスペリエンスデザインに従事してきた専門家という立場でした。UED大学の当時の学長が会社説明の中で、「それでは我々の考える『UXの5段階』という方法論についてご説明します」と言うので、私たちは専門家的な立場で「ほう、興味深い、聞きましょう」とでもいうような面持ちで聞いていました。
「元々我々はUXをデザイン観点のみから考えていました。2008年まで、我々の持つデザインシンキングチームは、ビジュアルデザインやUIなどといったデザイン分野しか担当していなかったのです。例えば、このデザインを見てユーザがどのように感じるか、このサービスは使いやすいか、ユーザビリティの問題点による機会損失がないか、というようなことです。
2009年、これでは不十分と考え、デザインとテクノロジーとビジネスを等しくデザイン・シンキングが包括するような形に捉えなおすようにしました。この3つの要素を全てデザイン志向で考えるという変化を第一段階とし、ペネトレーションと呼んでいます。」

これを聞いて私は(…え?)と思いました。それ、一段階目なの?と。
私の認識では、正しい意味でのUXとはそういうものであり、表面的なUIの段階ではなく、ビジネス視点、テクノロジー視点との融合は必要だと思っています。しかし、それが一段階目であり、10年も前の考え方だというのです。日本でも、UXと呼ぶ際にここまで十分に考えられていないケースはまだ多く存在します。
「第2段階目は、第1段階にお話ししたデザイン・ビジネス・テクノロジーにおける、ビジネスオペレーション側のエクスペリエンスデザインを磨きこんだ段階を指します。我々はこれをディフュージョンと呼んでいます。
我々はモール型ECビジネスをしています。これにおけるtoB向けのエクスペリエンスは、使いやすいだけではなく、例えば販売、CRM、キャンペーンといった彼ら中小企業の仕事をどれだけデジタル化してあげるか、という観点でエクスペリエンスを設計することが重要でした。これは、モバイルが広がり始めたタイミングと一致しています。

toBとtoCそれぞれのエクスペリエンスを合わせて考えることによって、BtoBtoC型プラットフォームとしてのUXが出来上がります。2012年から15年くらいの方法論です。」
かみ砕いて言うと、スモールビジネスのデジタルトランスフォーメーションを支援することで、プラットフォーム向けUXが出来上がる、ということだと認識し、「その時点でも相当難しいのだが…まだ2段目?」と胸は高鳴ります。

オンライン方法論から発展してマージされていくオフライン

ここから先の3段階は、全て2015年から2017年に起きており、それぞれに影響を及ぼしながら発展しているもののようです。
「2015年以降から始まる第3段階目はEvolutionと呼んでいるもので、それこそ新小売(ニューリテール)のような話です。アリババはECが主要事業ですが、例えばこのECやオンラインサービスの方法論を、小売業のような既存型ビジネスに応用して再構築をすると、新たな価値提供をすることができます。
そのようにして再構築した新たなビジネスは、オンラインを軸にしているため、近しいビジネスと連結することができます。ECとスーパーマーケットとデリバリーフードをつなげることもできますし、アリババのAIスピーカーである天猫精霊もそれと連結可能です。このように有機的に融合させることが可能になると、アリババのエコシステムが生まれ、そこに属する様々な中小企業は、例えばECだけ、スーパーマーケットだけ、と言った単一の事業やチャネルよりも、多くの恩恵を享受することができるのです。」

エコシステムを作るには、既存型ビジネスをオンラインの方法論で再構築することが必要であると言い切られました。これはまさに、日本でも最近言われ始めているOMO(Online Merges with Offline)と全く同じことを示しています。この言葉は、「オフラインとオンラインを融合させ、それをオンラインの方法論や考え方を起点に再構築する」ということを意味しており、李開復(リ カイフ)氏が中国の現状を描くために提唱した考え方です。
このOMOは特に伝統的な日本企業にとって非常に重要な考え方だと思われます。日本企業はメーカーとしての自負や接遇品質の高さから、オフラインアセットを重視するあまり、デジタルを「付加価値」として活用しようとするケースが多いように見受けられるからです。デジタルは付加価値ではなく、むしろこれからのビジネスにおいての基盤であり、起点であるとすべき、ということをアリババは話しているのだと思います。
さらに4段階目は以下のようなものです。
「このようなエコシステムが出来ると、リアル接点でのデータも貯まるようになりますので、膨大なデータが獲得できるようになります。これを、社会貢献や新しい技術開発に活用し、さらなるデータエコシステムを作るのが4段階目。これをデータドリブンと呼んでいます。

アリババではDAMO(達磨院)という、GoogleでいうところのGoogle Xのような研究機関がありますが、得られたデータをこのDAMOのAI開発のために利用することも可能ですし、芝麻信用*のように得られたID情報から信用度を可視化し、社会の商取引をより円滑にすることも可能です。購買データだけでなく、交通データや健康情報などもスマートシティに利用することができます。」

*芝麻信用は、購買及び支払いデータ、交友関係、その他の行動データから支払い能力を可視化した、アリババ傘下のアントファイナンシャルによるサービス。この点数が高いと、ビザの申請プロセスが短くなったり、家を借りる際の敷金が不要になったり、様々なプロセスでのデポジットが不要になったりします。

その時には分からなかったのですが、今思い返すと、アリババのOMO型スーパーであるフーマー(盒馬鮮生)には、この4段階目を捉えた非常に重要なポイントが確かにありました。
アリクラウドというデータプラットフォーム事業のフーマー担当の方に「実際儲かってるんですか?」という質問をした時、彼らは「正直、店の立地を決めた時点で、儲けが出るかどうかはほぼ決まっている」と答えたのです。
それもそのはずで、アリババは「どの地域の生鮮食品のオンライン購入頻度が高いか」「所得の高い人たちがどこに密集しているか」「どの商業施設のトラフィックが多いか」といったデータを既に持っており、立地を選ぶ段階で限りなく勝率の高い場所=価値を感じてもらえるユーザが多い場所を選ぶことができるのです。
これは、オンラインだけではなく、データエコシステムがすでに成立しているから出来ることであって、単純にオンラインとオフラインが融合したタイプのスーパーをやれば勝てる、と言うことではありません。中国の情報を追いかけている方の中には、フーマーをそのまま日本でも展開しようと画策されている方も多いと思いますが、この段階的発展はまさに成功の秘訣として注意すべき点ではないでしょうか。
さて、UXの話から始まりましたが、もはや社会貢献とビジネスエコシステムが両立するような規模の話になっています。どんどん拡大するスケールに対して、期待と緊張の面持ちで、最後の5段階目を聞きました。

Holistic Experience = NPS®を使った全ステイクホルダーの体験管理

「5段階目はホリスティック・エクスペリエンスと言います。全体論的な体験、と言う意味ですね。これには二つの観点があります。

一つ目の観点は、第1段階でお話ししたデザイン、ビジネス、テクノロジーの全てが融合したものとして捉えるということで、以下の7つの要素においてバランスの取れた体験を指します。


❶トレンド

❷オペレーション

❸パフォーマンス

❹データ

❺機能

❻競合優位性

❼世論

2つ目ですが、我々はNPS®(ネット・プロモーターズ・スコア。顧客満足度のような不満解消ではなく、顧客にプラスの感情、つまりロイヤルティを発生させられているかどうかを測る指標)を使っているのですが、これはエコシステムにおけるサステイナビリティを見るためです。
エコシステムを運用するにあたり、各ステイクホルダーのバランスが取れているかという観点はとても重要です。
toCのNPS®が10でも、toBのNPS®が2だったらこのシステムは回りませんし、仮にそれが双方10でも、アリババの職員のNPSが2だったり、データを活用する行政のNPSが2だったら、これはシステムとして健全ではありません。
我々はNPS®という指標を使って、エコシステムにおける全てのステイクホルダーがWinWinになる状態を目指しているのです。」
これには絶句してしまいました。
ビービットもNPS®に関する書籍を、日本と中国それぞれの事例において出版していますが、NPS®理論において理想として描かれることをそのままやっている事例がある、と感じました。同レベルの「本当にここまで実践しているところがあるのか」という印象は、中国平安保険グループのNPS®経営においても見受けられます。
そしてこれが机上の空論ではなく、先に挙げたフーマーや芝麻信用のように、彼らのビジネスポートフォリオを考えると「確かにそれが実践されている」と思えるのです。

フーマー店内の様子。天井のレールを走る荷物が見えるだろうか。ECからの注文は、店員が商品をピックアップした後、カゴごと天井を伝ってバックヤードに入り、待ち構えているデリバリーのドライバーに届けられる。

日本に必要なのは「エコシステム×OMO」

一般的な日本企業がどこを一番参考にすべきか、何を学べるかという観点で言うと、特に3段階目のEvolutionではないでしょうか。
日本でも最近ようやくエコシステム化が始まりつつあるように見えますが、アリババは明確に「オンラインの原理で既存型ビジネスを再構築することでエコシステムが実現可能になるし、ステイクホルダーにより大きな恩恵がもたらせられるようになる」と言っています。
結果として四段階目のように、データ活用を伴った運用においても、エコシステムは総合的なメリットを生み出していることも考えると、これからの時代変化を見据えて「自社(自部署)だけで顧客を囲い込んでもどうにもならない」と如何に早く諦められるかは非常に重要です。
一方、第4段階目や第5段階目は、決済プラットフォーマーになろうとしている大型プレイヤーにとって重要な視点だと考えられます。冒頭にも記したように、包括的なデータ収集のために、マネタイズされていないサービスでも買い上げるわけで、それはプラットフォーム上の全てのステイクホルダーの関係性やインセンティブを捉えているからだと言えるでしょう。何処でマネタイズするか、何処はどの程度損失を出しても最終的に意味があるのか、明確に各プレイヤーの役割や力学構造の定義を行う必要がありそうです。
今後日本でも、バリュージャーニーを目指したOMO型の競争が激化していくと考えた場合、こうした海外テックジャイアントがすでに行っている実証実験結果を積極的に学んでいき、それをどのようにローカライズするべきかを、今後も真剣に考え取り組んでいきたいと思います。
こうした知見の共有により、日本の進化が促進することを願ってやみません。
注:NPS®は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。

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